アドラー心理学【ライフスタイル】見方が変われば、すべて変わる

ライフスタイル

ライフスタイル」とは、「7つの習慣」の「パラダイム」と、ほぼ同じ意味。

自分の思考のクセ、世界の見方を指します。

 

不適切なライフスタイルをもってしまってることが、苦しみの原因になる。

 

でも、ライフスタイルは性格とは違うので、決心さえすれば変えられるもの。

「世界を見る見方」さえ変われば、すべてが劇的に、変わるのです。

 

ただ、「見方を変える」と言われても、ピンときませんよね。

私もずっと、わからずにいました。

 

「7つの習慣」には、このように書いてあります。

 

行動や態度の源であるパラダイムを見つめることなく、表面的な行動や態度を変えようとしても、長期的にみてほとんど意味がない

 

私たちはついつい、テクニックやスキルを身につけることに集中してしまいますよね。

でも、それだけでは、どこか表面的だということは、自分が一番感じるはず。

では、いったい何を変えればいいのか?

 

それこそ、「パラダイム」であり、「ライフスタイル」なのです。

 

見方を変えれば、世界が変わる

 

それでもピンときませんね。

どういうことなのか、「ライフスタイル」について、探ってみましょう。

 

嫌われる勇気

 

ライフスタイルは、すべてのステップの根底にあるものです。

物事に対する「見方」(=メガネ)ですからね。

 

「嫌われる勇気」のポイント

  1. 人生のタスク(人間関係)
  2. 目的論
  3. ライフスタイル
  4. 自己受容
  5. 課題の分離
  6. 他者信頼と他者貢献
  7. 共同体感覚
  8. 承認欲求ではなく貢献感→見返りを捨てる

 

「嫌われる勇気」by 岸見 一郎,古賀 史健

ライフスタイルって何?

「ライフスタイル」とは、思考のクセ・見方

ライフスタイルとは
  • 思考のクセ、世界の見方
  • 自分・他人・世界に関する、自分の信念体系のこと
  • 「意味づけのあり方」を集約させた概念

 

「世界の見方」ということは、「7つの習慣」に書かれている「パラダイム」と、ほぼ同義。

では、「パラダイム」って何?

「7つの習慣」では、「パラダイム」を次のように定義しています。

パラダイムとは
世界を見る、自分の見方

私たちの認識、理解、解釈を決めるもの

「パラダイム」とは、自分の「見方」、「認識、理解、解釈」

「ライフスタイル」と、ほぼ同じですよね。

 

つまり。

自分は今、「どんなメガネをかけているか?」というのが、「ライフスタイル」であり、「パラダイム」。

 

黒いメガネをかけていれば、世界は黒く見えるし。

バラ色のメガネをかけていれば、世界はバラ色なのです。

 

一般的に「解釈を変えよう」と言われるのも、「ライフスタイル」「パラダイム」のことを指しているわけです。

「嫌われる勇気」と「7つの習慣」が指し示すものとは

自立、相互依存、パラダイム転換

「7つの習慣」とは、「真の自立」と「相互依存」を確立するための習慣です。

「嫌われる勇気」と「7つの習慣」は、同じことを言っている

「嫌われる勇気」を、「7つの習慣」に照らし合わせて読んでみると、大切なポイントがよく理解できます。

 

  • 嫌われる勇気をもつ =  真の自立
  • 共同体感覚をもつ  =  相互依存
  • ライフスタイルを変える  =  パラダイム転換 

 

また、自己受容他者信頼他者貢献など、ほとんどすべてのことが、「7つの習慣」にも書かれています。

このことは、何を意味するでしょう?

よりよく生きていく方法は、人類共通であり、普遍的なものである

実践する価値は、必ずある

古来から、たくさんの人が、「人間の生き方」を熟考し続けています。

そして、たくさんの人が、ほぼ同じことを言っている。

であるならば、素直に実践してみるのが、「自分の幸せにつながりやすい」のではないでしょうか。

昔から同じことを言われているならば、信じてみる価値はありますよね。

 

そう思って、「嫌われる勇気」の生き方を、考えてみましょう。

ライフスタイルの話に戻ります。

「嫌われる勇気」の第一歩目は、自分のライフスタイルを理解し、変える方法を知ること

7つの習慣:パラダイムを理解し、転換する方法を知らねばならない

「7つの習慣」では、次のように言われています。

 

「7つの習慣」を本当の意味で理解するには、まず自分たちの持つパラダイムというものを理解し、そしてそのパラダイムを転換させる方法を知らなければならない。

 

「自立→相互依存」という生き方を目指すのであれば、パラダイムを理解し、パラダイム転換の方法を知らねばならない、というのです。

 

つまり。

自分の見方を変えなければ、何も変わらない

 

アドラー心理学に当てはめると……

 

「嫌われる勇気」を本当の意味で理解するには、まずは自分の「ライフスタイル」を理解し、「ライフスタイル」を変える方法を知らねばならない

 

……ということになります。

 

ライフスタイルは、性格とは別だそうで。

だから、「性格はそのままで、ライフスタイルを変えればいい」のです。

ライフスタイルは、性格とは別のもの

ライフスタイルとは

もう一度、「ライフスタイル」の定義を確認。

ライフスタイルとは
  • 思考のクセ、世界の見方
  • 自分・他人・世界に関する、自分の信念体系のこと
  • 「意味づけのあり方」を集約させた概念

思考のクセとは

人生は、「自叙伝」のようなもの

私たちの人生は、一冊の本にたとえることができます。

自分で、自分の「自叙伝」を書いている。

どのように書くかは、作者(自分)の自由。

誰かに創作された物語を、生きているのではないのですね。

「思考のクセ」とは、「文章のクセ」のようなもの

自分の人生が、「自叙伝」だとしたら。

思考のクセとは、「文章のクセ」。

文章の書き方って、人によって違いますよね。

仮に、複数の人が同じ話を書いたとしても。

語調・文体・切り口などが違うので、まったく違う話に思えるはず。

たとえ同じ家で育ったとしても、まったく違う人に育つのは、それぞれにクセがあるからなのです。

その、文章のクセ = 思考のクセが 「ライフスタイル」。

ライフスタイルを変えることは、簡単

ライフスタイルは、性格とは別のもの。

見方やクセを変えればいいだけなので、決心さえすれば、性格よりも簡単に変えられるといいます。

もちろん、「決心」がいちばん難しいのですが。

今の自分をイヤだと感じるのなら、「自分のライフスタイル = クセ・見方」を理解し、変えようと決心すること。

 

では、私たちは、どのようなライフスタイルを持っているのでしょうか。

自分のライフスタイルを理解する

不適切なライフスタイルとは

自分のライフスタイルを理解するために、まずは不適切なライフスタイルを確認してみましょう。

不適切なライフスタイル
  1. 私には問題解決能力がない、私の力では解決できない
  2. 私が何も言わなくても、他者は私を援助する義務がある
  3. 私を援助しない人は、罰せられるべきである
  4. 他者は、私をおとしいれようとする怖い人である

 

すべては「私が中心」だということに、気づくでしょうか。

不適切なライフスタイルとは、「自己中心的なライフスタイル」といえます。

「私」にしか関心がない = 不適切  なのですね。

「私」にしか関心をもたない自己中心的なライフスタイル

「私」にしか関心をもたない自己中心的なライフスタイル
  • 相手には、関心がない
  • 「相手は、私に何をしてくれるのか」ばかり考えている
  • 「相手は、私の期待を満たすため」に生きていると思っている
  • 「他者からどう見られているか」ばかりを気にする生き方

 

たしかに、ずいぶんと不適切な感じがしますよね。

「相手」は、まるで道具か奴隷のよう。

「私にしか関心がない」とは、相手をモノ扱いしていることになるのです。

また、神経症的なライフスタイルの例も載っていました。

神経症的なライフスタイル

神経症的なライフスタイルとは
  • みんな、私を嫌っている
  • いつも、私だけが損をする
  • すべて、間違っている

 

つまり。

「みんな」「いつも」「すべて」が、不適切な思考のクセなのです。

「過度の一般化」というクセによって、物事はうまくいかなくなる

「みんな」「いつも」「すべて」だと評価することを、心理学用語では、「過度の一般化」と呼びます。

部分だけをみて、全体を判断するという視野の狭さです。

ひとつが全てだと思い込むのですね。

トラウマは、言い訳

対人関係がうまくいかないのは、吃音(きつおん)のせいでも、赤面症のせいでもありません。ほんとうは自己受容や他者信頼、または他者貢献ができていないことが問題なのに、 どうでもいいはずのごく一部にだけ焦点を当てて、そこから世界全体を評価しようとしている。

 

「吃音のせいでも、赤面症のせいでもない」というのは、「トラウマのせいではない」という意味。

トラウマは、「言い訳」なのです。

実は、「過度の一般化」のせい(=自分の見方のせい)ではありませんか?

トラウマのせいではありませんよね? とアドラーは言うのです。

「過度の一般化」は、調和を欠く

アドラーは、私たちの行動目標として次の2つを掲げています。

 

行動目標
  1. 自立すること
  2. 社会と調和して暮らせること

 

では、調和とは何でしょうか?

「嫌われる勇気」には、次のように書いてあります。

 

物事の一部分だけを見て、全体を判断する生き方

それが、「人生の調和」を欠いた生き方

 

つまり。

「みんな」「いつも」「すべて」だと思い込み、自分の視点でしか見られないことが、調和を欠いている状態。

 

逆に、「みんな」「いつも」「すべて」と思い込まずに、いろいろな視点から見てみるクセを持つ。

それが、「調和して暮らせる」という意味でしょう。

「調和のライフスタイル」といえそうですね。

 

さて、あなたは、「自己中心的」「神経症的」という不適切なライフスタイルをもっていませんか?

これを変えるのは簡単。

言葉を真逆にしてみれば、いいのです。

適切なライフスタイル

適切なライフスタイル
  1. 私には問題解決能力がある、私の力で解決できる
  2. 私が言えば、他者は好意で援助してくれることもある
  3. 私を援助しないのは、他者の自由であり当然である
  4. 他者は、必要があれば私を助けてくれる人である

 

愛のライフスタイル

相手に関心を持ち、相手のために何ができるかを考え、「自分にできること」をする

 

調和のライフスタイル
  • 私を嫌っているのは、「みんな」ではない
  • 私が損をするのは、「いつも」ではない
  • 間違っているのは、「すべて」ではない

 

さて、「愛があって調和」できる、適切なライフスタイルをもてるかどうか?

すべてのことは、そこにかかっていますね。

「自分にできること」をする

ひとつ、注意ポイント。

愛のライフスタイルは、「相手のために何ができるか」を考えるのですが。

「自己犠牲」でもなければ、「無理をすること」でもありません。

「自分にできること」でいいのです。

「できること」がなければ、しなくてもいい。

あくまでも、「相手のことを考える」という姿勢ですね。

「私がすべて、やらなければいけない」というのは、「過度の一般化」であって、愛のライフスタイルではないことを覚えておきましょう。

 

ライフスタイルを理解したら、次にやるべきことは、ライフスタイルを変える方法を知ることでしたね。

どうすればライフスタイルを変えられるのでしょう?

ライフスタイルを変える

「今のライフスタイルをやめる」決心をする

あなたがいま、いちばん最初にやるべきことはなにか。それは「いまのライフスタイルをやめる」という決心です。

 

決心

この一言につきますね。

決めるしかないのです。

決めれば、できるのです。

問題は、決められないことですよね。

なぜ、決められないのでしょうか?

決心しないのは、「可能性のなかに生きる」ことを好むから

「もしも何々だったら」と可能性のなかに生きているうちは、変わることなどできません。なぜなら、あなたは変わらない自分への言い訳として「もしもYのような人間になれたら」といっているのですから。

 

わかりやすい例を挙げれば、「やればできる」というセリフです。

「やればできるんだけど、やらないだけ」?

本当に、やればできるのでしょうか?

実は、「やってもできない」かもしれません。

 

「やってもできない」という現実に直面すると……

傷つきますよね。

人は、傷つきたくないから、「やらない」のです。

傷つきたくないから、「可能性のなかに生きる」ほうを選ぶ

「やらない」でいる間は、「やれば」できるのだと、可能性だけを言うことができます。

でも、やってしまったら、「できる」か「できない」かが表面化する。

自分の能力を実際に試すよりも、「可能性のなか」だけで安心していたい。

それが、「可能性のなかに生きる」という姿勢。

 

可能性のなかに生きてませんか?

  • もしも恋人がいれば……できる
  • もしも結婚していれば……できる
  • もしも金持ちならば……できる
  • もしも容姿端麗ならば……できる
  • もしもトラウマがなければ……できる

 

すべては、「もしも」。

空想の世界。

可能性・仮定・空想の話をするほうが、実際の自分の能力を試すよりも、安心・安全で傷つかない。

だから、踏み出そうともしないのです。

この気持ちは、けっこう「手ごわい敵」ですね。

 

それでも。

私たちには、ライフスタイルを選ぶ力は、あるのです。

今までも、そうやって選んできたのですから。

ライフスタイルは再選択できる

われわれ人間は、原因論的なトラウマに翻弄されるほど脆弱な存在ではありません。目的論の立場に立って、自らの人生を、自らのライフスタイルを、自分の手で選ぶのです。 われわれには、その力があります。

 

今のライフスタイルを決めたのは、誰でしょうか?

「自分」ですよね。

誰かに強制的にもたされたものではありません。

「トラウマ」は、もたされたのではなく、自分が積極的にもったもの。

 

ということは、「自分で決める力」を、すでに持っているのです。

だから必ず、もう一度、決められる。

その力は、もう発揮しているのですから。

 

今のライフスタイルをやめる決心をする

新しいライフスタイルを再選択する

 

決めて、選ぶ

これしか、ありません。

そしてそれは、必ずできます。

パラダイム転換の方法と、同じ方法を使ってみる

さて、「ライフスタイル」と「パラダイム」が、ほぼ同義ということは。

「ライフスタイルを変える方法」も、「パラダイム転換の方法」と、ほぼ同じということですよね。

なので、「7つの習慣」に載っている、「パラダイム転換の方法」を参考にしてみましょう。

パラダイム転換する方法

アウトプットがすべて

「7つの習慣」に書かれているステップは、次のとおり。

1
アウトプット
話す、書く = 説明する
2
自覚
アウトプットによって、パラダイムを自覚できる
3
周囲の反応
自分のパラダイムが、周囲に与える影響を知る
4
責任
自分のパラダイムに、責任をもつようになる
5
寛容
他者のパラダイムにも、寛容になる
6
判断
他者の意見も、冷静に聞けるようになる
7
パラダイム転換 or 独自性
必要ならば転換する or そのまま独自性を発揮する

 

パラダイムは、頭の外に出さないと自覚できない

誰かに何かの説明をすると、自分のほうが理解が深まることが、ありますよね。

話す・書く作業は、自分の理解力・自覚力を高めるのです

逆に言うと、アウトプットしないと永遠に自覚できない、ということですね。

人に話せないことなら、「自分で書く」だけでも効果はあります。

とにかく、自分の頭の中にあるものを外に出すのです。

周囲の反応を見る

自分のパラダイムを表明したとき、周囲はどう反応するか。

反応を見ることで、自分のパラダイムの影響を知ることができます。

 

たとえば。

「こういうふうに考えると、人は傷つくんだ」とか。

「こういうふうに考えても、いいんだ」とか。

 

影響を知れば、責任をもてるようになります。

「人を傷つけることは、言わないようにしよう」とか。

「これは、自分独自の考え方なんだな」とか。

他者のパラダイムに寛容になり、耳を傾ける

自分のパラダイムは、他者のパラダイムと比較することで、明確になります。

「自分はこう考えるけど、あの人は、違う見方をするのか」と。

 

自分のパラダイムを知ろうという気持ちで、他者のパラダイムを聞いてみれば、自然と、聞く姿勢になりますよね。

 

寛容になって、素直に耳を傾けられるように、なるはずです。

自分のパラダイムと、他者のパラダイムを比較検討して、選択する

もちろん、「自分は自分の考えでいこう」と思ったことは、そのままでいいのです。

「独自性として大切にしよう」と気づけたことが、成長です。

でも、「どうやら、自分のパラダイムは不適切のようだ」と気づいたのなら、変える選択をすることです。

選択しなくても、他者の話を聞いているうちに、「いつの間にか変わった」ということも起こりえます。

自分のパラダイムの自覚 + 他者のパラダイムへの寛容

ハッと変わるか、変わろうと決めるか。

どちらにしても、自分のパラダイムを自覚し、他者のパラダイムに寛容になることによって、自らの力でパラダイム転換を起こせるのです。

 

そのためには、一番最初の「話す・書く作業 = アウトプット」が、最重要ポイントになりますよね。

では、ライフスタイルをどう変える?

他者との関わりが必須

パラダイム転換の方法と、同じ道すじをたどるならば……

 

アウトプットしてみる

ライフスタイルを自覚し、影響を知る

他者のライフスタイルと比べてみる

変える決心をする

 

アウトプットは、「コミュニケーション」と言いかえてもいいでしょう。

特にアドラーは、「対人関係の悩み」に焦点を当てていますから。

「他者とのコミュニケーション」をとおして関係性を深めることが、そのままライフスタイルを変えることになります。

人を、「仲間」だと見る

「人々はわたしの仲間なのだ」と実感できていれば、世界の見え方はまったく違ったものになります。 世界を危険な場所だと思うこともなく、不要な猜疑心に駆られることもなく、世界は安全で快適な場所に映ります。対人関係の悩みだって激減するでしょう。

 

「ライフスタイル」とは、「世界を見る、見方」でしたね。

では今、「他者」に対して、どのような見方をしているでしょうか。

 

  • 他者は、敵である:不適切なライフスタイル
  • 他者は、仲間である:適切なライフスタイル

 

「敵」と見るか、「仲間」と見るか。

その見方が、ライフスタイル。

 

  • 周りは「敵」だらけと思えば、世界は怖い
  • 周りは「味方」だらけと思えば、世界は楽しい

 

他者とのコミュニケーションを変えるとは、見方=ライフスタイルを変えることなのです。

では、どのようなコミュニケーションをとればいいのでしょう?

誰か一人と、真の「横の関係」を築いてみること

もしも誰かひとりとでも横の関係を築くことができたなら、ほんとうの意味で対等な関係を築くことができたなら、それはライフスタイルの大転換です。そこを突破口にして、あらゆる対人関係が「横」になっていくでしょう。

 

アドラー心理学では、「横の関係」を重視します。

 

  • 横の関係:対等な関係のこと
  • 縦の関係:上下関係のこと。

 

縦の関係の代表例は、「親と子」「先生と生徒」「上司と部下」ですね。

ただし、アドラーは、一切の関係を「横」にすべきと主張します。

たとえ、「親と子」であっても。

「対等な関係」でこそ、「共同体感覚」をもてる

「横=対等」にならないと、共同体感覚はもてないようです。

「上から目線」というように、「上下」では、決して関係性を深めることはできません。

誰か一人から始める

いきなりは難しいですよね。

だから、まずは誰か一人

一人でいい。

誰かとの、真の「横の関係」が実現したとき、ライフスタイルの大転換が起きるというのです。

 

「横の関係」を築きたい人を、一人決めて、アウトプットをすること。

つまり、コミュニケーションを深めてみることだ

まとめ

ライフスタイル(思考のクセ、見方)は、決心さえすれば、必ず変えられる。

 

自分のライフスタイルを、「愛があって調和できる」適切なライフスタイルへと変えてみよう。

 

適切なライフスタイル
  1. 私には問題解決能力がある、私の力で解決できる
  2. 私が言えば、他者は好意で援助してくれることもある
  3. 私を援助しないのは、他者の自由であり当然である
  4. 他者は、必要があれば私を助けてくれる人である

 

愛のライフスタイル

相手に関心を持ち、相手のために何ができるかを考え、「自分にできること」をする

 

調和のライフスタイル
  • 私を嫌っているのは、「みんな」ではない
  • 私が損をするのは、「いつも」ではない
  • 間違っているのは、「すべて」ではない

 

「みんな」「いつも」「すべて」という思考のクセは、過度の一般化であり、調和を欠いてしまう!

「行動目標は調和」を忘れず、一部だけを見て全体を判断するのは、やめよう。

 

なかなか、受け入れられないかもしれないし、決心できないかもしれません。

しかし、「嫌われる勇気」はシリーズ600万部「7つの習慣」は全世界で2000万部も売れている、ベストセラー。

昔から、多くの人が求める生き方なのです。

試さない理由は、ないのではないでしょうか。

 

まずは、誰か一人との、「横の関係」からだよ

 

他の記事は、コチラから。

  1. 人生のタスク(人間関係)
  2. 目的論
  3. ライフスタイル
  4. 自己受容
  5. 課題の分離
  6. 他者信頼と他者貢献
  7. 共同体感覚
  8. 承認欲求ではなく貢献感→見返りを捨てる

 

ということで。

 

memo

「やれば、できる」ならば、実際に踏み出してみよう。

誰か一人と、真の「横の関係」を。

ライフスタイルは、必ず変えられる。

ライフスタイルが変われば、すべてが変わる。

 

参考図書

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