【怒りはエネルギー】「いい人」が幸せになるには喧嘩が必要

酸っぱいブドウ

なんとなく我慢をしてしまい、なんとなく「怒り」や「理不尽さ」を感じてしまう。

疲れている原因は、我慢ではないでしょうか。

 

いつの間にか、「いい人」を演じてしまっているのです。

 

「いい人」とは

  • 我慢する
  • 遠慮する
  • 他人の顔色を見る
  • 相手に気を遣う
  • 争いごとを起こさず、流そうとする
  • なぜか損な役回りになる
  • 頑張ってるのに、いいことがない

 

そんなときに必要なものとは……

 

怒り


そして


喧嘩

 

怒るべきときに、きちんと怒れていますか?

 

たまには「は? 何言ってんのおまえひっぱたくぞ」と相手に正々堂々、喧嘩を挑む勇気も必要です。いわゆる「なめんじゃねぇ」精神ですね。「やってやったぜ、このやろう!」とたまには言ってみてください。

(「しいたけ.の部屋」より)

 

参考図書

 

人生に喧嘩を取り戻そう

「しいたけ占い」で大人気のしいたけ.さんが、「喧嘩」について書かれていたので、ご紹介します。

「怒るべきときに怒れない人」にとっては、「喧嘩」が必要です。

 

喧嘩をしないと、悩みから抜け出せなくなる

「悩みが深い人」や「悩みからずっと抜け出せない人」って、人生の中であんまり喧嘩をしてこなかった場合が多いのです。

(「しいたけ.の部屋」)

 

いつまでもクヨクヨしてませんか?

いわゆる、反抗期がなかった人。

あったとしても、中途半端だったり、最終的には自分が引き下がったりしてしまった人。

 

自分の気持ちを不完全燃焼のままに放置すると、クヨクヨすることが多くなるのだそうです。

 

いつまでもクヨクヨしてしまう人は、自分の気持ちをドカッと出し、思いっきり喧嘩することを経験してこなかった人なのです。

そうすると、いざというときにも、戦えなくなってしまいます。

 

エネルギーは思いっきり、放出したほうがいい

怒りを抑えると、情熱などのプラスエネルギーまでも抑えてしまうんですよね。

 

だから、怒りは抑えないほうがいいのです。

 

自分の尊厳を傷つけられたら、戦わなければならない

怒ることや戦うことは野蛮とされがちなのですが、「自分がこれまで築き上げてきた人格や誇り」が汚されようとしているとき、人は戦わなければいけません。たとえその戦いに負けたとしても、「戦ってやった。立ち向かった」という記録は残ります。

(「しいたけ.の部屋」)

 

怒ることに、恥・恐れ・不安を感じませんか?

怒るべきときに怒れなかった人は、「怒ること」が怖くなります。

怒っている自分を恥ずかしいと感じます。

怒ることを、不安に思います。

 

怒りに、恥・恐れ・不安がともなうようになるのです。

怒ったら、すべてがダメになってしまうのではないか、と。

 

そんな人こそ。

 

サムライ・スピリットでいこう

怒りがわくのは、「自分の誇りが汚された」ということですから。

自分をないがしろにされ、馬鹿にされても、ヘラヘラと笑っていることのほうが、おかしいのです。

自分は、自分のために戦わなくてはなりません。

 

あたかも、武士のように。

自分のプライドをかけて戦う。

その精神が、特に「いい人」で育ってきた人には、必要なのです。

 

怒りを放出し、プライドを取り戻すこと。

意識してみると、何かが変わり始めます。

 

運命に愛される人は、戦ったあとに笑える人

運命に愛される人は、ボコボコにされたとしても「戦ってやった」と笑っている人です。戦い、そして笑ってください。そういうあなたはちゃんと運の世界からも人の世界からも、敬意を表されます。

(「しいたけ.の部屋」)

 

「自分は不運ばかりだ」と、感じていませんか?

人生は、「戦い」にたとえられますよね。

戦いとは、すなわち、喧嘩です。

無理にこじつけると、「人生は喧嘩」だとも言えます。

 

ビジネスでも、戦略という言い方をします。

 

でも、「いい人」は戦えないのです。

だから、「いい人」は出世しづらい。

 

戦えないと、幸運を招きづらいといいます。

 

だから。

 

頑張ってるのに、なぜか、いいことがないのは、喧嘩が足りないから


もちろん、殴り合いの喧嘩のことを言っているのではありません。

感情を取り戻すのです。

 

イヤなものはイヤ、欲しいものは欲しい

自分のために、口に出していくこと。


「あれは、酸っぱいブドウなんだ」とは言わずに。

「それでもやっぱり、ブドウが欲しい!」と。

 

それが、戦いであり、喧嘩。

 

だからといって、わざわざ嫌いな人と喧嘩をするのではありません。

 

好きな人に、「それはイヤだ」と伝える

好きな人や、身近な人に、ふと感じるイヤなこと。

そこから口に出すようにしてみましょう。

 

「今の言い方、傷ついたよ」とか。

「それは、不快だ」とか。

 

まずは、今日ひとつ、やってみませんか。

 

我慢するクセがある人には、そのひとことこそが、喧嘩なのです。

 

POINT
幸運は、遠慮する人よりも、果敢に「欲しい」と言い切れる人にやってくる

 

要するに。

「人生は喧嘩だ」という意味は、こう。

  • 傷ついたら、「傷ついた」と言う
  • 不快なら、「不快だ」と言う
  • 欲しいものは、「欲しい」と言う

 

怒りを感じたら、怒りの奥にある感情を、言葉にしてみること。

なぜなら、怒りは「蓋(フタ)」だからです。

怒りは、「感情の蓋」である

感情の蓋

本来の感情を、抑えている

心理学的には、「怒りは感情の蓋」だといわれています。

本来の感情を出したくないから、「怒り」という感情で蓋をするのです。

 

本来の感情とは、たとえば、不安や悲しみや寂しさ

  • 不安を隠すために、怒る
  • 悲しみを隠すために、怒る
  • 寂しさを隠すために、怒る

 

だから。

迷子の子どもが見つかったとき、親は怒ってしまう

「どれだけ心配したと思ってるの!」と。

その場合は、「これまでの不安感」、あるいは、「見つかった安心感」を怒りで表現しているわけです。

 

ということは……

怒りを抑える人は、どうなるのでしょう?

不安という感情に、怒りで蓋をする。

その怒りの蓋に、さらに怒りの蓋をし、怒りの怒りの蓋に、さらに怒りの蓋をし……

まるでマトリョーシカ人形のよう。

怒り

 

自分が何を考えているのか、わからなくなる

蓋を開けるたびに、違う感情が出てきます。

もう、どれが本来の感情だったか、判別がつきません。

「自分が何を考えているのかわからない」のは、蓋に蓋を重ねてしまった結果なんですね。

 

だから実は……

 

「いい人ほど、怖い」のが、現実。

 

いい人ほど、怖い

内側に、怒りをためているから

怒れない人は、怒りを外に出せないだけであって、内側には、どんどんためこんでいます。

だから、やさしい人ほど、「いざ怒ると怖い」。

 

普段は、みんなのために我慢をしている

普段は、遠慮をしたり気を使ったりして、何も言いません。

「みんなのために」と思って、静かに黙っている。

けれども、いつしか理不尽さを感じるようになっていくのです。

 

自分は、こんなに我慢しているのに……?

ワガママ放題言ってる人のほうが、なぜか欲しいものを手に入れている。

なんだか、理不尽だ。

悔しくて、たまらない。

 

そうして、嫉妬心や怒りが抑えきれなくなるのです。

 

だからこそ。

「いい人」ほど、怖い。

「いい人」ほど、犯罪者になる可能性が高くなる。

 

でも、感情を抑えているんじゃなくて、コントロールしているつもりなんだけど……?

 

さて、感情を抑えることと、感情をコントロールすることは、どう違うのでしょうか。

感情を抑える v.s. コントロールする

  • 感情を抑える:感情を、見てみぬフリをする
  • 感情をコントロールする:感情を直視しつつ、行動は冷静に選ぶ

 

感情を抑えることの危険性は、心理学の研究でも明らかになっています。

感情や思考を抑えるほど、苦しみは深くなる

「スタンフォードの自分を変える教室」という本から、引用します。

 

悲しみや自己批判を抑えつけようとすればかえって憂うつになるのと同じように、思考を抑圧すると、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や強迫性障害(OCD)などの深刻な不安障害の症状を悪化させてしまうことが、研究によって明らかになっています。精神的な苦しみから自分を救いたければ、そうした苦しみを頭から追い払おうとするのではなく、どうにか折り合いをつけていく必要があります。

(「スタンフォードの自分を変える教室」)

 

心理学の研究では、次のことが判明しているそうです。

  • 悲しいことを考えないようにすると、よけいに悲しくなる
  • 自己批判的な考えを頭から追い払おうとすると、気分が落ち込む
  • 不安な気持ちを抑えようとすると、かえって不安がつのる

 

要するに、自分の感情や思考を抑えようとすればするほど、自分の苦しみは増すばかりなのです。

だから、抑えずに、そのまま受け入れてしまったほうがいいんですね。

 

でも、感情を抑えないと、怖いじゃないか。

怒りにまかせて、何をするかわからない……

 

感情に振り回されてしまうのでは?

感情はそのまま受け入れる。でも、行動までは受け入れないのがコツ。

 

コントロールとは、感情と行動を切り離すこと

頭に浮かんでくる考えをムリに抑えつけたりせず、感じるがままに感じようと腹をくくることは──ただし、頭に浮かぶことが真実とは限らず、感じたとおりに行動する必要はないと理解したうえで──不安や憂うつ、異常な食欲、依存症などに対処するのにも効果的な方法です。

(「スタンフォードの自分を変える教室」)

 

感情や思考を、そのまま受け入れるには、ひとつ条件があります。

 

それが……

「感じたとおりに行動するのではない」ことを理解すること

  • 怒りは感じていい
    • でも、怒りにまかせて行動するわけではない
  • 不安は感じていい
    • でも、不安だから行動しないわけではない

 

感情と行動は分離し、別々の人格だと考えることです。

 

  • 感じたことは、そのまま受け止める
  • そのうえで、どう行動するかは自分で選ぶ

 

それが、コントロール。

 

でも、気づくと抑えちゃってる……

 

私たちは、なぜ、感情を抑えようとしてしまうのでしょう?

「いい人でいたい」から

「いい人」でいたいという幻想

本音に問題があるから言わない

「マイナス感情を抱くような自分ではない」という、自分への幻想。

 

つまり……

 

「いい人」でいることは、自ら選んでいる

 

つらい環境だったから、「いい人」にならざるをえなかった、というのは言い訳かもしれません。

 

人は、本音が言えないのではない

本音に問題があるから、言わないのです。

本来の内向型ではなく、「言えないことがあるから」内向型を選んだ可能性さえあります。

 

この場合は、本音を受け入れることで、解消していくことが必要です。

 

あるいは、本音がわからなくなってしまったから、言えない場合。

蓋に蓋を重ねてしまったからですね。

 

時間はかかるかもしれませんが、ひとつひとつ蓋を開けていけば、本来の感情に行きあたるはずです。

もしかしたら、ものすごく明るくて、天真爛漫かもしれないのです。

 

何が出てくるかはわかりませんが、ともかく、蓋を開けてみないことには、出てきません。

 

「蓋を開ける」って、具体的にはどういうこと?

 

「いい人」で生きてきてしまった人は、自分の考えは真逆なんだと思ってみるのがいい。

 

「自分が我慢をすれば、みんなのためになる」?

いえ、「自分が我慢をすれば、みんなの害になる」のです。

 

「怒ると、不幸になる」?

いえ、「怒ると、幸せになる」のです。

 

すべて逆。

いつもの逆をやってみる。

 

すると、新しい考え方に気づけます。

 

そして。

感情を受け入れ、行動を選択する際にもっとも必要なことは、「最悪の事態を受け入れる」という姿勢。

最悪の事態を受け入れる

最悪の事態を受け入れてこそ、自分を救える

数え切れないほどの人々が怒りと混乱のために自分の人生を台なしにしてしまったが、もとはといえば最悪の事態を受け入れようとしなかったからである。事態を改善しようとせず、破滅に瀕しても、できる範囲内での救出作業すらしなかったのだ。運命を建て直そうとせずに、「経験と悪戦苦闘」したあげく、最後にはうつ病という心のしこりの犠牲者となってしまったのである。

(「道は開ける」)

 

怒っていい。

喧嘩していい。

感情は抑えずに、そのまま受け入れる。

 

ただし。

 

最悪の事態を受け入れる

 

やるだけやったら、最後は、すべてを受け入れるのです。

そうしてこそ、自分の運命に立ち向かえるのだ、と。

 

さて、いつも、反対の態度に出ていませんか?

怒らず、喧嘩もできない。

感情は抑えまくり、我慢を続ける。

でも、最悪の事態は受け入れられない。

 

だから、こんな気持ちがわいてくる。

 

「なぜ私だけが……」

「こんなはずじゃなかったのに」

「人生は理不尽ばかりだ」

 

これでは、心は病む一方ですよね。

 

状況や環境ではありません。

自分自身の、「人生に対する態度」が逆方向を向いていることが原因なのです。

 

だからこそ、心がけてみましょう。

  • 怒るべきときには、きちんと怒る
  • 喧嘩を挑む
  • 感情は抑えない、我慢しない
  • 欲しいものを欲しいと言う
  • それでも最後は、最悪の事態を受け入れる

 

くるっと、体の向きを変えてみることです。

まとめ

一日を終えて夜、ベッドや布団に入る前には「このままじゃ終わらん。ギタギタにしてやる!」などと、温度が上がるセリフをあえて言っていくこと。そうすると運気が上がっていきますよ。

(「しいたけ.の部屋」)

 

怒れない人は、エネルギーを抑え込んでしまっているため、情熱もわいてきません。

やる気・元気・活力などの、プラスのエネルギーさえも、怒りと一緒に封じ込めてしまうんですよね。

 

だから。

人生に喧嘩を取り戻す

 

これだけでも、ずいぶんと、違う日常になってくるはず。

 

たまにはカッと燃え上がってみるのも、いいものです。

特に、自分の尊厳が傷つけられるような場面では、熱くならなければなりません。

自分は決して、「ないがしろにされてもいい存在」ではないのです。

 

自分の尊厳を守るためには、戦いが必要なんだな。

 

ということで。

 

今日の問いかけ
  • 実は、何かに怒ってるのではないだろうか?
  • 何を我慢しているのだろう?
  • 欲しいものを欲しいと言えてるだろうか?

 

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