ゲシュタルトの祈り【私は私】ポジティブ思考は危険。期待に応えるのも危険。暗いときは、ただ日を求めよう

ゲシュタルトの祈り

「私は私のことをする、あなたはあなたのことをしてね。」

その確信が、自分を「日」に向かわせるポイント。

 

ポジティブ思考は危険。

期待に応えるのも危険。

その根底に、自分への確信があるかどうか?

そこを問いかけてみよう。

ポジティブ思考は危険

ポジティブに考えるのは、確かに素晴らしい

ポジティブ思考の本がたくさん売れています。

そういう系のセミナーもたくさんあるし、そういうことを言う人もたくさんいます。

 

ただし!

 

ポジティブ思考には大きな落とし穴がある!

 

「ポジティブ思考ではうまくいかない」という研究結果も出ているほど。

もともとネガティブな人は、ポジティブになれない

もともとポジティブで天真爛漫な性質の持ち主は、何も問題ない。

一番危険なのは、ネガティブ思考の人が、ポジティブにならなきゃ!と無理をすること。

その無理は、必ずどこかで限界がきます。

 

心理カウンセラー竹内成彦さんは、1万2000回以上のカウンセリングを通して、「ネガティブな人がポジティブに変わったことはなかった」と言っています。

ネガティブネガティブなままでいい。無理をするなら、それはポジティブではない【不安を引き受けて生きる】

ポジティブ信仰の信者になってないか

もともとネガティブな人が、無理してポジティブになろうとするのは、もやは「ポジティブ思考」ではなく、「ポジティブ信仰」。

あまりにも崇拝しすぎて周りが見えなくなり、自分を見失ってしまう。

頑張っているようで実は、「ポジティブ信仰」への依存です。

ポジティブ信仰はノイローゼを生み出します。

「ポジティブに考えなきゃ」という考えは、ネガティブである

ネガティブに考えちゃいけない!

ポジティブに考えなくちゃ!

こんな考えはダメだ!

落ち込んではいけない!

 

それはもう、全然、「ポジティブ」じゃない。

 

だから、ポジティブに考えられない人は、無理してポジティブになろうとしなくていいのです。

それよりも、ネガティブ思考を認めてあげるほうが効果があります。

ありのままの気持ちを見つめるのです。

期待に応えるのは危険

期待に応えられなくなったとき、心は壊れる

マジメな人、愛されたい欲求の強い人は、他人の期待に応えようとします。

期待に応えられているうちは、とても元気。

 

自己肯定感が上がった気がするぞ

 

だけど、期待に応えられなくなったときに、突然、限界がきます。

なぜなら、期待に応えようとする人は、他者にも期待するからです。

期待に応える人は、他者にも期待する

期待に応えようと頑張っているとき。

他者が、自分の期待に応えてくれなかったら、どうなるか?

 

突然、壊れる。

突然、キレる。

 

こんなに頑張っているのに!

 

ウツウツとした気分が襲ってくる。

どうしようもない怒り・イライラが止まらない。

 

期待に応えるとは、つまり、「見返りを求めること」なのです。

だけど、期待をしないと無気力になる

ただし、期待しなければいいかというと、そんな話でもない。

何も期待しないと、今度は「無気力」な人生になってしまいます。

大切なことはバランスを上手にとっていくこと。

そして、自分の素直な気持ちを伝えるようにすることです。

心のコントロールが下手な人は、伝え方に問題がある

心のコントロールがうまくできない人は、必ずコミュニケーションの問題も抱えています。

 

その原因は、自分の伝え方。

 

ちゃんと、自分の要求や要望を伝えられないんですよね。

自分の要求に自覚もできていないかもしれません。

期待に応えるだけではなく、自分の気持ちを自覚し、表現することが大事ですね。

 

「嫌われる勇気」で有名なアドラー心理学では、他者からの承認を求めることは不要だと説かれています。

自分で自分を承認すればいいのだ、と。

嫌われる勇気「嫌われる勇気」とは、他者のなかで生きていく勇気

自信がある人はブレない、自信がない人はムキになる

風にはためく旗、動いているのは風? 旗?

ある逸話

風にはためく旗を見て、動いているのは風なのか? 旗なのか?という議論が繰り返された。

 

ある人は、風が流れているんだ!と主張。

ある人は、旗が揺れているんだ!と主張。

 

本当に「風だ」と確信をもてている人は、「旗かもしれないなぁ」と思う。

本当に「旗だ」と確信をもてている人は、「風かもしれないなぁ」と思う。

だけど、自信のない人は、ムキになって自分の考えに固執する。

「絶対にこっちだ!」

だから、議論が終わらない。

 

確信と自信がある人は、違う意見を聞いても、「それも一理あるかもなぁ」と思える

 

「弱い犬ほどよく吠える」というのは、やはり真実なのだ

自信のない人は、自分の意見をくつがえされることが怖いから

なぜなら、自分の意見をくつがえされることが怖くて仕方がないから。

 

自分でも本当は間違っているかもしれないと思っていて、それを見破られたくないから必死になる

 

ムキになってしまうとき、自分の意見にこだわってしまうとき、なぜなのかを考えてみよう。

 

実は、自信がないのかな? この意見に確信がもてていないのかな?

 

ゲシュタルトの祈り

暗い人ほど日を求める

「明るい」は、ほのかな明るさ

「明るい」という漢字には、「日」が1つしかありません。

しかも「月」がある。

明るすぎても暑苦しいから、ほのかな明るさがいい。

「暗い」には、「日」が2つもある

「暗」という漢字をよく見てみてください。

実は、「日」が2つもあります。

そして、「立て!」と。

「日」を求めて、「立」てばいい

明るくなるのでも、ポジティブになるのでもない。

日に向かって立とうとするのが、暗い人

 

「日」に向かおうとするとき、思い出してみる詩が、「ゲシュタルトの祈り」です。

ゲシュタルトの祈り

自分を生きよう

ゲシュタルトの祈り
私は私のことをする、あなたはあなたのことをする。

私はあなたのために生きているわけではないし、あなたも私のために生きているわけではない。

あなたはあなた、私は私。

もしも、お互い出会うことができたら、それはすばらしいこと。

もし出会えなくても、それはしかたのないこと。

 

「私は私のために生きている」

「人のため」とは言っても、そこが根本になければ元気は出ません。

「私は私」

元気が出ないときは、ゲシュタルトの祈りを思い出そう。

まとめ

ポジティブ信仰、期待に応える、ムキになる

そこに共通しているのは、「私は私」との確信がもてていないこと。

「日」を求めながら、自分の人生を生きていく。

そんな人生を心がけたいですね。

 

ということで。

 

memo
「私は私」という確信。

ネガティブはポジティブにはなれないから、無理をせずに自然体で。

暗くなったら、日に向かって立とう。

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