誰かの期待に応えるのはもうやめよう【罪悪感の解放】ゲシュタルトの祈り

自分の人生が、他人の「気分」に左右されている。

そんなふうに感じることは、ありませんか。

 

他人の顔色をうかがいながら生きていくのは、もう疲れた……


疲れ果ててしまった原因は。

他人の期待に応えるために必死に頑張ってきたから



でももう、誰の期待に応えなくて大丈夫。

しかも、衝撃の真実がもうひとつ。

 

期待に応えようとする人は、意外と自分勝手である

 

本当は、「私は私」と思っていたほうが、自由に貢献できますよ。

ゲシュタルトの祈り

私は私、あなたはあなた

ゲシュタルトの祈り

私は私のことをする、

あなたはあなたのことをする。

私はあなたのために生きているわけではないし、

あなたも私のために生きているわけではない。

あなたはあなた、

私は私。

もしも、お互い出会うことができたら、

それはすばらしいこと。

もし出会えなくても、

それはしかたのないこと。


そんなふうにスッキリと思えるようになりたい。

そのためには。

「負け」を認める

expectation11

「期待に応える」=「勝つ」ことでもあるんです。

だから、素直に負けを認めてしまったほうがラク。

次のような言葉を唱えてみてくださいね。

 

「私の負け」
  • ○○さん、私の負けです。あなたの勝ちです。
  • ○○さん、あなたの……が素晴らしいです。
  • ○○さん、……してくれてありがとう。
  • ○○さん、私はあなたから……を学びました。ありがとう。

 

「私は素直に生きる」

私はいつも誰かのために頑張ってきました。

誰かを笑顔にするためにずっと頑張ってきました。

でも、私は強がって頑張ってきましたが、もう限界です。

私は全然大丈夫ではありません。

私はもう素直に生きます。

私は弱さを隠さず、素直に表現します。

私はありのままの私で生きていきます。

「私は無罪です」

私は無罪です。

私の罪はすべて許されました。

私は今、牢屋を開け放ち、自由の身になりました。

私はどこにでも行くことができます。

私は自分自身の人生を生きていきます。

私は無罪です。

 

アファメーションって何だ?

頭の中にこだまする言葉を変える

アファメーションは、「肯定的な自己宣言」と定義されますが。

肯定かどうかよりも、「頭の中にこだまする言葉」を変えることに意味があると思います。

結局のところ、「言葉」が、自分の「思い」と「行動」を支配していくから。

 

罪悪感を抱きやすい人は、こんな言葉が頭にこだまする

  • 申し訳ない
  • 自分が悪いんだ
  • 迷惑かけている

ずっとこんな言葉を使っていたら、行動が小さくなってしまうのは当たり前ですよね。

 

宗教で、「お祈り」や「お経」が必ずあるのも、言葉を変えるため。

「唱える」って、けっこう効果ありますよ。

 

他人の言葉を忘れてもいい理由

ゲシュタルトの祈り

悩まない・忘れる・まかせる

他人には、我慢するか黙るかしてもらう

これからの人生、あなたがどんな感情を抱いているとか、あなたのものの見方は間違っているといったことを、他の誰かに言わせてはいけない。他の人には、我慢するか黙るかしてもらわなければならない。

(by 史上最強の人生戦略)



心にもない愛情は、かけなくていい

思ったままを口にすればよい。心にもなく歓待したり、心にもなく愛情をかけたりすることをやめるのだ。欺(あざむ)き欺かれながら付き合っている人たちの期待に応えて生きるのをやめるのだ。

(by エマソン)



どうにもならないことは悩まない

私は一文なしになっても悩みはしないだろう。悩んだところで、何の益もないからだ。私は最善を尽くして、あとの結果は神におまかせする。

(by あるチェーン店の創立者、J・C・ペニー氏)



幸福への道はただ一つしかない。それは、意志の力でどうにもならない物事は悩んだりしないことである。

(by 古代ローマの哲学者・エピクテトス)



できることがなければ、忘れる

苦境に立って万事休した時には、できることがあれば、それをやる。できることがなければ、あとは忘れるだけだ。私は未来について決して心配しない。未来にどんなことが起きるかを予想できる人などいないからだ。未来に影響を及ぼす力は実にたくさんある! それらの力を動かすものが何であるのか誰も知らないし、その力自体も理解できない。なのに、どうして悩むのだ?

(by クライスラー・コーポレーションの社長K・T・ケラー氏)



成り行きにまかせる

もはや手の施しようのない事態になったら、事態の成り行きにまかせるだけだ。

(by ヘンリー・フォード)

 

唱えたり、瞑想したりするのは、他人の言葉を消すためですね。

無理やり忘れるというより、訓練によって消してみましょう。

 

忘れちゃっていいんです。

自分の罪や、期待に応えられなかったことなんて。


 

でも、期待に応えられないのは、やっぱり自分が無能だからじゃないのかな。

そもそも、期待の中身を知らないことも多いもの。

 

相手の「期待」が何かを、そもそも知らない

ゲシュタルトの祈り

「期待に応えたい」とは言いますが。

「期待」の内容を、勝手に解釈し、勝手にやって、勝手に怒っている

……という場合があります。

なぜなら。

相手の「期待」の内容を知らないから。

 

そういえば、「そんなことは求めてない」って言われたこともあったな。

 

「ワガママ」とは、勝手な解釈のこと

ワガママになりたくなくて期待に応えようとしているけれども。

実は、それこそが勝手な解釈でワガママだった、ということもありえます。


つまり。

期待に応えようとしている人は、意外と自分勝手である

自分が常に、「正しい解釈をしている」とは言えないですよね。

 

常に、思い込みや偏見で満ちている

自分の考え方は、正反対かもしれない

  • ワガママだと思うことは、相手にとってはワガママじゃない
  • 礼儀正しいと思うことは、相手にとってはワガママである
  • 期待に応えようとすると、自分勝手になる
  • 期待に応えないと思うと、人のためになる

自分は、「正しい解釈」ができてないと思ってたほうがよさそうだ。

 

すべては、「思い込み」ですよね。



しかも。

期待に応えようとすればするほど、愚痴が増えていきます。

  • こんなに頑張っているのに、なんで?
  • 誰もわかってくれない
  • 自分だけが損してる気がする
  • 私の期待には、なぜ誰も応えてくれないの
  • いつまで頑張ればいいの

たしかに自分勝手だな。



POINT
  • 勝手に解釈して勝手にやって、勝手に被害妄想を抱いている
  • そもそも期待の中身を誰も知らない
  • 自分は無罪だと思って、期待には応えない

 

「期待に応えない」を選んだら、本当の意味で、人に貢献できるようになれそうです。

期待に応えないほうが、ギブになる

expectation11

「期待」と「罪悪感」はセットでやってくるから

こんな気持ちになっていたら、黄色信号。

  • 誰かが不機嫌になると、自分のせいだと思う
  • 誰かといるときは、相手を楽しませなきゃと思う
  • 相手が喜んでくれたとき、「うれしい」というより、ホッとする
  • 人付き合いは、絆が深まるよりも、消耗する感覚が強い



罪悪感の強い人が、口をそろえて言うこと。

それは……



他人の期待に応えないと、ダメ人間になってしまうのではないか



応えられない自分は、ダメ人間だという恐怖心。

応えられない自分は、罪人だという思い込み。



「期待に応える」→「罪悪感」の順。

そもそも「期待に応える」って何?

  • 親を助けたかった
  • 恋人を助けたかった
  • 上司や同僚を助けたかった



進学も、就職も、結婚も。

すべては、親の期待に応えるため=親を助けるため。

誰かの期待に応えるため=誰かを助けるため。



「助けたい」と思っていたのか。

「期待に応える」とは、「誰かを助けたい」という思い

思いやりがある証拠なので、悩まなくていい。

むしろ「応えようとしない」ほうが、喜ばれたりする。

「助けたい」気持ちが、あるのは事実だから。



せっかくの思いやりが、「罪悪感に苦しむ」という悪いものに変わってしまうのは、もったいないですね。



だからこそ。

勝とうとしないんです。

もう負けてみる。

期待にも応えない。

 

まとめ

ゲシュタルトの祈り

ゲシュタルトの祈り

ゲシュタルトの祈り

私は私のことをする、

あなたはあなたのことをする。

私はあなたのために生きているわけではないし、

あなたも私のために生きているわけではない。

あなたはあなた、

私は私。

もしも、お互い出会うことができたら、それはすばらしいこと。

もし出会えなくても、それはしかたのないこと。

 

「私の負け」
  • ○○さん、私の負けです。あなたの勝ちです。
  • ○○さん、あなたの……が素晴らしいです。
  • ○○さん、……してくれてありがとう。
  • ○○さん、私はあなたから……を学びました。ありがとう。
「私は素直に生きる」

私はいつも誰かのために頑張ってきました。

誰かを笑顔にするためにずっと頑張ってきました。

でも、私は強がって頑張ってきましたが、もう限界です。

私は全然大丈夫ではありません。

私はもう素直に生きます。

私は弱さを隠さず、素直に表現します。

私はありのままの私で生きていきます。

「私は無罪です」

私は無罪です。

私の罪はすべて許されました。

私は今、牢屋を開け放ち、自由の身になりました。

私はどこにでも行くことができます。

私は自分自身の人生を生きていきます。

私は無罪です。

 

もう期待に応えなくても大丈夫なんですよ。

参考図書

 



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