【アドラー心理学】貢献感って何?なぜ承認欲求では幸せになれないのか

貢献感

アドラー心理学では、承認欲求を否定する。

承認されないと貢献したことにならないのであれば、「自己犠牲」にも通じてしまうからですね。

 

そのためには……

 

「貢献」ではなく、「貢献」がポイント!

貢献できている」と、自分が「」じることです。

 

貢献も、幸福も、あくまでも自分が感じること。

自分が、貢献できていると決めてしまえばいいのです。

 

貢献できているかどうかは、自分で決める

 

嫌われる勇気

 

「嫌われる勇気」のポイント

  1. 人生のタスク(人間関係)
  2. 目的論
  3. ライフスタイル(パラダイム)
  4. 自己受容
  5. 課題の分離
  6. 他者信頼と他者貢献
  7. 共同体感覚
  8. 承認欲求ではなく貢献感→見返りを捨てる

 

「嫌われる勇気」by 岸見 一郎,古賀 史健

自分を好きになる方法とは?

自分を嫌いな理由は何か?

何かを定義するときには、その反対語を考えること。

つまり、自分を好きになるためには、自分を嫌いになる理由を考えてみること。

 

では、自分を嫌いになる理由って何でしょうか?

「自分は役立たず」だと感じるときだ

 

生きる意味が感じられないときの理由は、ほとんどの場合が、これじゃないでしょうか。

 

・自分は、何の役にも立たない

・誰にも必要とされていない

・いてもいなくても、関係ない存在だ

 

要するに、他者の中で、自分の存在感を感じられないからですよね。

誰かに必要とされていれば、むなしくなったり、情けなくなったりはしないはずなのです。

「自分は役に立たない」という感覚が、自分を嫌いになる理由。

ということは、自分を好きになる方法も明確。

人は、貢献できているという感覚で、自分を好きになる

「自分は役に立たない」

その逆は何かといえば……

 

「自分は役に立っている」

 

自分は役に立っているんだ、自分は貢献できているんだと、感じられることを、「貢献感」といいます。

 

自分を好きになれるかどうかは、「貢献感」によるのです。

 

では「貢献感」の反対は……?

 

承認欲求

 

承認欲求では幸せにはなれません。

承認欲求では幸せになれない理由とは?

「承認欲求」を目的にすると、他者の評価に左右される

承認欲求からの行動とは
  • ほめてくれるから、頑張る
  • 怒られないなら、やる
  • ほめてくれないから、頑張らない
  • 怒られるなら、やらない

 

承認欲求を行動の原動力にすると、常に他者からの評価で、自分の行動を変えることになります。

つまり、他者の視線・他者の評価に左右されている。

それでは不自由な生き方ですし、他人軸の人生になりますね。

ほめてくれる人がいなければ、やらないのか?

「ほめてくれる人がいなければ、適切な行動をしない」「罰する人がいなければ、不適切な行動もとる」という、誤ったライフスタイルです。ほめてもらいたいという目的が先にあって、ごみを拾う。そして誰からもほめてもらえなければ、憤慨するか、二度とこんなことはするまいと決心する。明らかにおかしな話でしょう。

 

こんなときは、「承認欲求」が目的になっているとき。

  • 誰もほめてくれないと、バカバカしく感じる
  • 誰にも気づいてもらえないなら、二度としたくない
  • 指摘されない限り、不適切な行動を続ける

 

だから、行動することがイヤになってしまう。

では、どうすればいいのでしょう。

価値は、承認されることで決まるのではない

  • 他者から承認されるから、自分に価値があるのではない
  • 他者に貢献できる自分に、価値がある(承認も感謝も不要)

 

大事なことは……

 

貢献できる自分に価値があると思えること

 

価値があると自分で思えれば、たとえ誰も反応してくれなくても、行動できるようになる。

 

つまり、自分で価値を感じることができないから、他者からの承認を求める、それが承認欲求なんだ。

自分の価値は主観で決める

  • 承認欲求:客観的な価値判断
  • 貢献感:主観的な価値判断

 

幸せになる秘訣は、主観的!

「貢献感」は主観的

自分は役に立っていると自分で決める

もし、ほんとうに貢献感が持てているのなら、他者からの承認はいらなくなります。わざわざ他者から認めてもらうまでもなく、「わたしは誰かの役に立っている」と実感できているのですから。つまり、承認欲求にとらわれている人は、いまだ共同体感覚を持てておらず、自己受容や他者信頼、他者貢献ができていないのです。

 

他者に貢献できているかどうかは、誰が決めるのでしょうか。

 

それは……

 

 

自分

 

 

「感謝されたら」「認めてもらえたら」「評価されたら」貢献できていることになる……というのではなく。

 

「自分は役に立っている」と、自分で決める。

 

それが「貢献」。

 

貢献感とは

「貢献できているかどうか」ではなく、「貢献できていると自分がじていること」

 

貢献感を持っている人は

  • 他者から認めてもらう必要がない
  • 認めてもらわなくても、役に立っていると感じる

 

承認欲求にとらわれている人は

  • 共同体感覚が持てていない
  • 自己受容ができない
  • 他者信頼ができない
  • 他者貢献ができない

承認欲求を手放すには、「見返り」の発想を捨てること

「見返り」の発想があると、「課題の分離」ができなくなります。

他者の課題(どう受け止めるか)には、介入できないのに、介入しようとするから。

だから、承認欲求が抑えられなくなるのです。

 

ということは。

 

「見返り」を捨てると……

  • 課題の分離ができるようになる
  • 承認欲求が必要なくなる
  • 貢献感が持てる

 

「見返り」を期待するという発想を捨てると、自由になりそうです。

見返りは、義務感と期待を生む

見返りとは
  • 「何かを与えられたら返さなければならない」→他者への義務感
  • 「これだけ与えたんだから返してくれて当然」→他者への期待

 

「返さなきゃ」という義務感。

「返してよ」という期待。

 

義務感と期待が、人間関係を破綻させるんだ

相手の期待を満たすために行動すると、苦しくなる

仕事の主眼が「他者の期待を満たすこと」になってしまったら、その仕事は相当に苦しいものになるでしょう。

なぜなら、いつも他者の視線を気にして、他者からの評価に怯え、自分が「わたし」であることを抑えているわけですから。

 

仕事が苦しいなら、「他者の期待を満たすこと」が目的になっているのかもしれません。

他者からの承認をもらうために、自分を抑えるようになるからです。

自分が本当に言いたいこと、本当にやりたいことも否定するようになる。

それでは不自由ですね。

承認されなくても気にしない人が、自由な人

【自分の生き方を貫くために】

たとえ組織を飛び出したところでほんとうの自由は得られません。他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。つまり、自由になれないのです。

 

承認欲求をエネルギーにしている限りは、どこにいても不自由さは変わらないわけです。

「自由な生き方がしたい!」と思って、会社を辞めたところで、場所を変えただけであって、結局は同じことになりますよね。

 

自由な生き方をするためには

  1. 他者の評価を気にかけない
  2. 他者から嫌われることを怖がらない
  3. 承認されないというコストを払う

 

この3点を心に留めることが、自分の生き方を貫くことなのです。

どうすれば、自分の生き方を貫けるのか?

では、どうすれば承認欲求から解放され、嫌われることも怖がらないようになれるか?

そこが知りたいですよね。

 

そのために大事な考え方は……

 

価値 = 生産性 ではない!

 

……ということが、どれだけ実感できるかどうかです。

自分の価値は、生産性では測れない

生きているだけで貢献している

よく言いますね。

「失ったときに初めて、価値を知る」と。

 

普段は当たり前だと思っていたこと。

失ってみて初めて、どれだけ有り難かったかを知るもの。

 

つまり。

 

  • 生きているだけで、幸せ
  • 何でもないことが、幸せ

 

このことを普段、どれだけ思い出せるかどうか、ですよね。

「何ができるから」では、決してないのです。

私はそのことを、父が亡くなったときに、イヤというほど味わいました。

 

「ただ、いてくれるだけでいい」

「もう一度、会いたい」

 

何もしてくれなくても、何も期待を満たしてくれなくても。

また会えるだけで、どれだけ嬉しいことか。

 

人は、生きているだけで誰かの役に立っているのです。

生産性は関係ない。

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誰かが生きているだけでいいのなら、自分も、誰かにとっての喜びになれる

いつも隣にいた誰かが、いなくなったとき。

「喪失感」は、そこはかとない。

 

失恋、死に別れ、引っ越し等々……

 

なかなか悲しみから抜け出せないもの。

 

であるならば。

自分も、必ず、誰かにとっての喜びになっているのです。

 

そのことを確信できるかどうかですね。

「何ができるか」ではなく、「生きてること」自体に価値を感じられるかどうか

生きているだけで貢献できると思うには、勇気がいる

「生きているだけでいい」とは、なかなか思えない……

勇気がいるのです。

「何もできてないかもしれない自分」を受け入れることが、怖い。

特に若い頃は、なかなか難しいと思います。

常に誰かと比較し、自分の能力を認めさせるために躍起になってしまう。

目立っている人を見ては、うらめしく感じてしまう。

目立つかどうかで、価値を判断してしまうものです。

 

けれども。

その生き方を続けていると、どうなるかといえば……

 

自分だけでなく、他者をも、「生産性」だけで判断するようになってしまいます。

 

「この人はダメだな」とか。

「この人、能力ないな」とか。

 

生産性で人を見て、見下すようになる。

それでは、「共同体感覚」は育たないですよね。

自分の存在だけで貢献できてると思える人だけが、他者を生産性では見なくなる

「他者は私に、何もしてくれない」

その不満は、生産性で見ているから。

相手のことを、ありのまま受け入れられていないのです。

要するに、「理想と現実のギャップ」に、常に苦しみ続けることになります。

自分についても、他者についても。

 

POINT
人の価値を、「何ができるか」で判断する限り、理想からの引き算でしか見ることができなくなる

「行為」ではなく「存在」に価値を感じると、不満がなくなる

行為=生産性、存在=貢献感

行為での価値判断
  • 自分には何ができるか
  • 相手は何をしてくれるか

それが、「生産性」

 

存在での価値判断
  • 生きてるだけで、誰かに貢献できている
  • 誰かがいてくれるだけで、幸せ

それが、「貢献感」

 

常に、「行為」で判断してしまっていませんか?

本当は、「存在」だけで有り難いものなのです。

 

それはもちろん、「努力しなくてもいい」という意味ではありません。

「存在」に価値を感じつつ、努力をする。

すると、不満がなくなるのです。

「本当に私がしてもいいの?」と思える

何かをするとき、「なぜ、私だけが?」と感じてしまうこと、ありますよね。

 

誰も手伝ってくれなかったり。

誰も感謝してくれなかったり。

すると、なぜか、みじめな気持ちになってくる。

 

けれども、「存在」に価値を感じ、「貢献感」を持てると、感じ方が変わるようです。

 

「なぜ、私だけが?」

「私だけが、得しちゃっていいのかな?」

 

極端に言えば、宝くじに当たるようなもの。

「なぜ、私だけが?」と、不満には思わないですよね。

「私だけ、ラッキー!」となるはずです。

 

「存在」に価値を感じると、常にそのような受け止め方ができるといいます。

 

家事や仕事、面倒な雑事なども……

もし誰も手伝ってくれなくても、鼻歌を歌うように楽しく続けることができる。

それが、「貢献感」をもった人の、行動のモチベーション。

 

そのときに、承認欲求が強くなり、自分が注目されなくて寂しい、不公平な気がすると感じると……

 

関係は、悪くなって当たり前!

 

だから。

  • 承認欲求ではなく、貢献感
  • 行為ではなく、存在

 

そのように、ライフスタイル(=パラダイム)を、変えてみる勇気、もってみませんか?

まとめ

人は、「自分は役立たず」だと感じるとき、自分を嫌いになる。

逆に、「自分は役に立っている」と感じるとき、自分を好きになる。

 

だから、大事なのは「貢献感」。

自分の主観で、「貢献」できていると「感」じられること。

 

「貢献感」の反対は、「承認欲求」

承認欲求からの行動とは
  • ほめてくれるから、頑張る
  • ほめてくれないなら、頑張らない
  • 怒られるから、やらない
  • 怒られないなら、やる

 

承認欲求は、「見返り」の発想。

「見返り」の発想は、「義務感」と「期待」を生む。

  • 「何かを与えられたら返さなければならない」→他者への義務感
  • 「これだけ与えたんだから返してくれて当然」→他者への期待

 

なぜ、「見返り」を求めるか?

価値 = 生産性(行為)だと思っているから。

 

行為での価値判断
  • 自分には何ができるか
  • 相手は何をしてくれるか

それが、「生産性」

 

存在での価値判断
  • 生きてるだけで、誰かに貢献できている
  • 誰かがいてくれるだけで、幸せ

それが、「貢献感」

 

存在に価値を感じ、貢献感を持てると、自由な生き方が貫けるようになる。

 

本当に自由な生き方とは……

  1. 他者の評価を気にかけない
  2. 他者から嫌われることを怖がらない
  3. 承認されないというコストを払う

 

そして。

「なぜ、私だけが?」という不満が、「私がやってもいいなんて、ラッキー」という感覚に変化する。

 

***

アドラー心理学では、「承認欲求」を否定します。

承認欲求の否定は、なかなか難しいですよね。

どうしても、誰かに認めてもらいたいし、ほめてもらいたいし、感謝されたい。

それは、誰もが持っているもの。

だけど、本当に幸せに、そして自由に生きていきたいなら。

やはり「承認欲求」からは解放されたい。

生きてること自体に喜びを感じていたい。

そのために必要なものが、「貢献感」だったのです。

 

これは、たしかに、納得の考え方。

とても自由になれそうです。

とはいえ……

実践は難しいですよね。

ついつい、また承認を求める自分に気づいたりもするものです。

その繰り返しなのかもしれません。

だからこそ、何度も思い出して確認することが、必要なのでしょう。

 

行き詰まるたびに、自分は今、「承認欲求か? 貢献感か?」と問い直してみては、いかがでしょうか。

 

今までの記事はコチラから。

  1. 人生のタスク(人間関係)
  2. 目的論
  3. ライフスタイル(パラダイム)
  4. 自己受容
  5. 課題の分離
  6. 他者信頼と他者貢献
  7. 共同体感覚
  8. 承認欲求ではなく貢献感→見返りを捨てる

 

ということで。

 

memo
自分は、生きているだけで、誰かの喜びになっているもの。

そこを深く確信して生きていきたい。

 

参考図書

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