特に、こんなふうに思うときは要注意。
- あの人は、気がきかない
- あの人は、偏見が多い
- 誰もわかってくれない
- 自分は、いつもこうだ
「考えの偏(かたよ)り」のことを、「認知バイアス」といいます。
私たちは、自分の考えが偏っていることに気づけません。
気づけないから「バイアス」です。
だから。
- 自分の「気のきかなさ」に気づいてない
- 自分の「偏見の多さ」に気づいてない
- 自分も、自分をわかってない
- いつもは、そうしてない
バイアスを自覚しておかないと、自分の意見を信じることさえ難しくなってしまいます。
さて、どうしたらいいのでしょう。
参考図書
Contents
認知バイアスこそ、私たちの行動の源泉
バイアスとは偏(かたよ)りのこと
「認知の偏(かたよ)り」
自分の判断・解釈には、偏見が多く含まれていること。
- 認知とは
- 判断や解釈をする過程のこと
- バイアスとは
- 偏(かたよ)り
認知バイアスの例
- 吊り橋効果
- 不安や恐怖のドキドキを、恋愛感情のドキドキだと思う
- 単純接触効果
- 何度も接触すると、好きになる
- ハロー効果
- 実績のある偉い人の話は、正しいと思う
- アンカリング効果
- 1週間後に提出しますと言われて、3日後に出されると早いと感じる
- ダニング・クルーガー効果
- 能力の低い人ほど、自分を過大評価する
脳に、根拠はいらない
バイアスに共通している点は、「根拠が何もない」こと。
ある条件が揃うと、脳は、根拠がなくても答えを出すのです。
私たちが欲しているものは、根拠ではない
モチベーションが上がらないとき、こういうことを考えませんか?
- 「何のためか」がわからないと、行動できない
- 「意味」がわからないと、やる気が起きない
- 「理由」や「根拠」がほしい
でも、実はそれは間違い。
私たちが欲しているのは、「目的」でも「根拠」でもないのです。
思い込みたい
これだけです。
- 認知バイアスとは
- 偏見
- 思い込み
- 勘違い
- 錯覚
- 決めつけ
- 脳は、目的・意味・理由・根拠なんて、求めてない!
私たちは、「根拠」よりも、「思い込み」のほうが好き
- 吊り橋効果
- ドキドキするってことは、この人のことを好きなんだ
- → 体験を共有すると恋に落ちやすい
- 単純接触効果
- 何度も目にするってことは、この商品が好きなんだ
- → CMをたくさん流すと売れやすい
私たちの行動の原動力は、根拠なんかじゃなくって、思い込み!
思い込みさえすれば、恋にも落ちてしまうのです。
なぜなら。
早く簡単に答えを出すのが、子孫繁栄の本能だから
脳は、難しい判断をすることを嫌います。
野生の世界では、難しく考えているうちに死んでしまうからです。
少ない情報でパッと判断するのが、子孫繁栄のための智慧。
だから。
他人を笑ってる場合じゃない
「思い込みをはずしましょう」とはよく言いますが、よっぽど意識して訓練をしないと、かなり難しいんです。
そんな簡単に、「それって、思い込みだよねー」と笑えるものでも、ありません。
バイアスの盲点
他人の欠点(認知バイアス)には気づけても、自分の欠点には気づけません。だからヒトは「自分は公平で正しいのに、他人は視野が狭くて偏見に満ちている」と考えがちです。これを「バイアスの盲点」と呼びます。
(自分では気づかない、ココロの盲点)
思いがちですよね。
「なぜ、あの人は、こんな簡単なことがわからないんだろう」とか。
「みんな、何もわかってない」とか。
「自分のクセに無自覚である」という事実に、無自覚である
バイアスですから、自分では気づかないのです。
気づいていたら、偏見とはいいませんね。
だから、気づかないうちに恥ずかしい思いをしていることが、たーくさん、あるはずなんですよ。
自分が気づいていることを他人が気づいていないという状況に出くわすと、「私はこんなに気を利かせているのに、どうしてあの人は気が利かないんだ」と憤慨します。
皆が皆、自分の脳にバイアスがかかっているから。
バイアスに気づくことは困難ですが、先に知識としてもっておくと、気づきやすくなります。
他にも役立ちそうなバイアスを見てみましょう。
バイアスが、人生をゆがませる
後知恵バイアス
事が起こってから振り返ると「前もって予測できた」「本当なら実行できたのに」と思いがちです。これを「後知恵バイアス」と言います。「あのとき株を売っておくのだった」「諦めるんじゃなかった」「告白しておくべきだった」などさまざまな場面で現れます。
これは、かなり衝撃の真実!
どういうことかというと……
要するに。
後悔も、勘違いでしかない
……ってことなんです。
- あのとき、あんなことしなければ……
- あのとき、違う判断をしていれば……
そんなこと、いくら考えても「後知恵バイアス」。
その当時での、その判断は、正しかったのです。
一貫性バイアス
一般に「昔から自分はそうだった」と思い込む傾向があります。ジョギングが習慣になれば、以前からジョギングは好きだったと記憶が歪められますし、パスタを食べるようになると、以前からパスタを食べていたと思い込みます。
これは、どういうことかというと。
たとえば。
自分や他人を「責める」or「信じる」ときにも、根拠はない!
……ってことですね。
ちょっと失敗したり、ちょっとイヤなことがあったとき。
- 自分は、いつも失敗ばかりだ
- あいつは、いつも私をバカにしてる
昔からずっとそうだったと思いたくなるんですね。
逆に。
相手に裏切られたときも。
- あの人は、そんな人じゃない
- あの人は、嘘なんてつかない
冷静な判断ができなくて、だまされてしまうこともあります。
文化的バイアス
突然ですが、質問です。
シマウマのシマ模様を描くとき、どちらの方法で描きますか?
- 白地に黒シマ模様
- 黒地に白シマ模様
それが。
たとえば黒人の場合は、「黒地に白シマ」を描くそうなんです。
どちらを地肌だと思うか、の違いですね。
「正しさ」とは、その考え方にどれだけ長く慣れ親しんできたかで決まります。だから、私たちの正しさの基準は、個人や社会が異なればあっさりと崩壊します。
だから。
「普通はこうだよね」とか。
「常識でしょ」とか。
言いたくなることは、しょっちゅうありますが。
よっぽど気をつけてないと、誰かを傷つけてしまいます。
バイアスって、邪魔じゃない?
ただ、「直感の多くは信じていい」とも言われます。
直感は信じる価値あるけど、疑うことも必要
直観は、生きるのをラクにしてくれる
成長するにつれて人生経験が豊富になります。すると反射的解釈が正確かつ迅速になり、生きるのが楽になります。これこそが直感がもたらす最大の恩恵です。
結局、「バイアス」って何なのか?
私たちは、子どもの頃から、たくさんの経験を重ねてきています。
その経験は、すべてが脳に刻まれているのです。
そして、必要なときに、必要な情報を取り出して、判断材料にしている。
しかも、一瞬で判断できる。
脳は、超・高速処理なのです。
はるか昔から、DNAに刻まれている
正確に言うと、子どもの頃からではありません。
もっとずっと、はるか昔から。
「DNAに刻まれている」というように、祖先の経験もすべて脳に入っているのです。
見たことないはずなのに。
「勘」は信じていい
実際のところ、私たちの「勘」は有益です。ほとんどの場面で、反射的に浮かんだ「直感」を信じて問題はありません。
使い方を間違えると、問題も起こしやすいですが。
たいていの場合は、「直感」や「勘」を信じていい。
「何となく思うことは、何となく正しい」のです。
脳の中には、膨大なデータが蓄積されているから。
しかも、太古の昔からずっと。
- なんとなく危険と思ったら、やっぱり危険
- なんとなくイイと思ったら、やっぱりイイ
大半は、信じてもいい。
とはいえ、疑おう
やはり。
偏った考えは、私たちの人生をゆがませます。
直感は信じていいけれども、なるべく偏りなく直感できる能力を磨きたい。
まずは疑ってみることは、必要。
どうしたらいいの?
自分の考えを、「いったん文章にすること」がオススメ!
マコなり社長が100%保証するメモ書き効果
自己客観視がカギ
バイアスに気づくためには、自己客観視がカギになります。
やはり、自己客観視ができる人は、成功しやすい。
そのためには冷静に考えることができなければなりません。
自分の考えを文章にする
マコなり社長は、「文章にすること以外、考えたことにはならない」と断言されています。
それが、バイアスに気づき、自己客観視する、唯一のコツ。
なぜなら。
自分の考えを「文字」という姿に変形させて、眺めることができるから。
なので、書けば書くほど、バイアスに気づきやすくなるのです。
その方法は、こちらで。

まとめ
認知バイアスの例
- 吊り橋効果
- 不安や恐怖のドキドキを、恋愛感情のドキドキだと思う
- 単純接触効果
- 何度も接触すると、好きになる
- ハロー効果
- 実績のある偉い人の話は、正しいと思う
- アンカリング効果
- 1週間後に提出しますと言われて、3日後に出されると早いと感じる
- ダニング・クルーガー効果
- 能力の低い人ほど、自分を過大評価する
自分が気づいていることを他人が気づいていないという状況に出くわすと、「私はこんなに気を利かせているのに、どうしてあの人は気が利かないんだ」と憤慨します。
バイアスの一番の怖さは、ここの部分でしょう。
「自分は気づいている」というのは、「他人のことには気づける」という意味。
自分のことには気づけません。
だから。
周りには気がきかない人ばっかり。
空気の読めない人ばっかり。
そう思ってるとき、自分もその一員なんだということが、わかってないのです。
冷静に考えると恥ずかしいですよね。
恥ずかしいだけじゃなく、気づかないうちに、自分で自分の人生をゆがませていきます。
だから、バイアスには気づけないものだけど、気づく努力はしたほうがいい。
マコなり社長が勧めるように、「文章にすること」が一番いいです。
個人的には、「自分の考えに気づく文章教育」を、義務教育に取り入れるべきではないかと思っています。
日本では、自分の考えがバイアスに満ちていることも、バイアスに気づく方法も、誰も教えてくれません。
それで、「自分で考えろ」って言われても、しんどいだけです。
仕事も結婚も、つまづく人が多いのは、そのせいではないかと感じます。
もっと大事なことを、子どもの頃から教えてくれたらいいのにな、と思いますね。
ただし。
どうせ思い込みで生きるなら、自分を幸せにしてくれる思い込みをしていけばいい。
自分に幸せをもたらす直感を、研ぎ澄ませていこう。
ということで。
- 自分も気のきかない人になってないだろうか?
- あのときの選択は、あのときには正解だったのでは?
- ずっとこうだったと勘違いしてないだろうか?
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