考える訓練【抽象化を学ぼう】人間に与えられた最大の武器

抽象化

「抽象的でわかりにくい」というイメージしかないのが、「抽象」。

しかし、前田裕二さんの著書「メモの魔力」には、こう書いてあった。

 

「(抽象化能力は)人間に与えられた最も重要な思考機能であり、最大の武器であると、確信を持って断言できます」

 

前田さんの言う、メモをするときの3点セット。

  1. 具体化
  2. 抽象化
  3. 転用(どう応用するか)

 

メモの魔力

 

さて、どういうことだろう。

「具体的に言え!」と言われることはあっても。

「抽象的に言え!」と叱られたことなんて、ほぼない。

なぜ、抽象化なのか?

 

実は、抽象化できると、こんなにいいことがある。

  • 共通点・相違点・関係性・本質がつかめる
  • 決めつけグセが、なくなる
  • 要点を理解し、シンプルに表現できる
  • 「つまり何?」が言えるので、説得力がつく
  • 論点を見極めて、争いを避けることができる
  • バラバラの現象に方向性を見いだし、振り回されなくなる
  • 自分を責めることがなくなる
  • パクリつつも、アイデアを生み出せる
  • 一を聞いて十を知る
  • 説明をするときの、例え話が上手になる
  • コミュニケーションのズレを正せる
  • 目標設定がうまくなる

 

抽象化

 

実はかなり、役に立つ能力。

それが抽象化。

 

抽象化を制する者は、思考を制す

 

「学び」を成果につなげるためにも、抽象化能力が必須。

学び理想の自分に最短で近づく【本質をとらえる学び方】学びの目的と到達点を明確にする

「一部」を見るのが「具体」、「全体」を見るのが「抽象」

「木」を見て、「森」を見ず

「木を見て森を見ず」という表現が、まさに具体と抽象を指している。

  • 「木」:具体=部分(ひとつひとつの個別の木)
  • 「森」:抽象=全体(「木」という共通項で分類したもの)

 

「部分」と「全体」という関係

問題が起きたとき、ほとんどの場合は、「部分だけを見て全体を見てない」ことが原因。

つまり、抽象化が苦手なのだ。

 

抽象化とは、全体を見る力

 

具体性ばかりを重視していると、全体観に立てなくなる。

だからこそ。

 

抽象化を制する者は思考を制す

 

鍛えると、考える力がついていく。

「具体」の特徴

「具体」とは
  • 「部分」
  • 目に見えるもの(事象)
  • 個別・バラバラの、ひとつひとつの事象を見る
  • 数は、多ければ多いほどいい
  • 変化するもの(=手段)
  • 解釈は固定

 

「具体」とは、部分であり、目に見えるもの

目の前の、ひとつひとつの現象・事象のこと。

仕事でたとえれば、ひとつひとつのクレームに個別対応するようなもの。

「抽象」の特徴

「抽象」とは
  • 「全体」
  • 目に見えないもの(本質)
  • 共通の特徴で分類・まとめて、関係性と構造を見る
  • 数少なく、シンプル
  • 変化しないもの(=目的)
  • 解釈は自由

 

「抽象」とは、全体であり、目に見えないもの

つまり、物事の本質

共通項を見つけ出し、分類してまとめること。

目に見えない本質を、洞察することが抽象化なのだ。

【抽象】共通点でまとめ、分類する力

人は、分類されることが不快

分類されると不快になる。

日本人は○○だとか。

男は○○だとか。

女は○○だとか。

この子は末っ子だからとか。

ゆとり世代だからとか。

分類され、ひとくくりにされて、「あなたはこういう人」と決めつけられるのって、やっぱり不快。

「そうじゃない人もいるんだ~!」と主張したくなることも、しばしば。

 

ひとくくりになんて、されたくないし

人は、分類できると安心する

分類されると不快になる一方で、なぜか安心できるのも、また人間の心理。

よく聞くのは、病院で診断を受けて、自分の症状に「病名」がついて安心したという話。

「だから苦しかったのか」と、不思議と落ち着いたりするもの。

人は、分類を嫌う反面、分類されることを求める気持ちもある。

なぜなのか?

分類しないと、考えが深まらないから

脳には、「分類をしないと考えられない」という特徴がある。

きっと、敵なのか味方なのか、判別しないと安心できないという、野生の本能なのだろう。

「男」なのか、「女」なのか。

「若者」なのか、「中年」なのか。

「独身」なのか、「既婚」なのか。

どのような分類に属する人なのかが、よくわからないと不安なのだ。

「シンプル」にまとめると、安心感とスッキリ感が得られる

抽象化は、言語化の大事な要素。

シンプルにまとめることで、考えがスッキリしてくる。

分類を嫌うのではなく、うまく活用すると、安心感とスッキリ感が得られる。

そして、問題発見力をつけることができる。

自分が進歩するための手段として、活用してみよう。

具体⇔抽象の往復を

抽象化しないと全体を把握できない

  • 木(部分)を見るのが「具体」
  • 森(全体)を見るのが「抽象」

 

木だけを見て森を見ないと、全体がわからないし。

森を見て木を見ないと、細かいことがわからない。

どっちが大切かというよりも、行ったり来たりを繰り返すことが力になる。

 

ただし!

 

人はやはり、「わかりやすい」ほうに流される。

放っておくと、「具体化」に傾くので、「抽象化」を特に意識していくのがいい。

放っておいてもできることは、放っておいても大丈夫。

そういう意味で、抽象化の力を鍛えようといわれるのだ。

具体からの主張

「森」だなんていっしょくたにせず、個々を見てくれ!

 

それが、具体からの主張。

たとえば会社組織でいえば、現場の社員が、社員ひとりひとりを見てくれ!と思うようなもの。

ひとつひとつの個別の事象というのも、見ていかなければならない。

「論点」を見極めて、スルーする力をつける

~論点がズレていないか、チェックする~

「森」にあるものは「木」だけじゃないし。

「虫」もいるし、「動物」もいるじゃないか!

 

これは、論点がズレている。

「木」が集まると何か?っていう論点(=問い)に対して、「森」と言っているのであって。

「虫」や「動物」は問題にはしていないのだ。

「論点が違う」という問題は、よくよく注意しなければならないところ。

~分類されたくない!と、怒る必要はない~

分類なんて、されたくないし。

そんな分類のなかに、私を入れないでほしい!

 

こう思ってしまうとき。

もしかしたら、自分の論点が違うのかも?と、ちょっと疑ってみよう。

自分が思っていることとは、まったく違う話を、しているかもしれない。

~SNSの炎上問題も、論点が違う~

たとえば、SNSの炎上問題も。

発信した側は、「そういうことを言いたかったわけじゃない」と言う。

「木」について話しているのに、「虫」をバカにしている!と炎上されて、困ってしまうのだ。

~決めつけられて、傷つく必要もない~

たとえば、「独身なのに」とか、逆に「親なのに」とか。

「今の若者は○○だ」とか。

分類された言い方に傷ついてしまう場合もある。

それは、論点が違うんだなって思っておいたほうがいい。

言ってる側には、それぞれ、思い描いている抽象の世界がある。

相手の抽象世界と、自分の現実とが違うのであれば、「あ、私の話をしているわけではないな」と思えばいい。

もちろん、相手の見ている世界が狭いということも、ある。

だからといって、ムキになって、「そうじゃない人もいるのに!」と、怒ったり傷ついたりする必要は、ないのだ。

あくまでも、相手の基準による分類なんだと思えば、スルーできるようになる。

 

抽象化の能力をもつと、スルー力が高まるんだ

 

分類されて不快になったときは、「相手は抽象化して考えてるんだな」「でも、自分とは論点が違うな」と思って、気楽にスルーする。

~全体観が身につき、スルー力が鍛えられる~

分類は、ときには不快になるものだけど、それでもやはり、重要。

「木」が集まると「森」になるよねっていう視点をもつことは、あらゆる場面で力を発揮する。

抽象化能力で、コミュニケーション上手になる

他人の話が理解できるようになる

他人の言葉がわからないのも、抽象化が弱いから。

相手の話を聞いていて、「よくわからない!」「もっと具体的に話して!」と言いたくなったときは……

 

自分の抽象化能力が弱いのだと思おう

 

相手の話を聞きながら、共通点を見つけて統一し、まとめあげるということができない、自分の力不足のせいなのだ。

そこを自覚しておけば、他人の話を聞いてイライラすることも、なくなってくる。

相手の話から共通点を見いだし、分類してあげればいいのだから。

どんな人の話も聞けるようになる

今、何が起きているか?という話を聞いて、「それをまとめると、こういうことだよね?」と、抽象にまとめあげることができる。

抽象的でわかりにくい話を聞いても、「具体的に言うと、こういうことだよね?」と、具体に落とし込むことができる。

抽象化がうまい人とは、「具体→抽象」の変換だけではなく。

「抽象→具体」という変換もできる。

 

つまりは……

 

どんな人の話も、聞けるようになる

 

とっても素晴らしい能力のように思えてくるではないか。

「具体的に言ってくれ」は、抽象化が苦手な人の主張

小説よりも映画を観せてほしい

 

「具体的に言ってほしい」とは、もっと目に見える形にしてほしい、という意味。

小説よりも映画が観たい、ということ。

解釈を固定してほしいから。

自分でイメージするのが大変だから。

要するに、抽象化が苦手な人の主張ということになる。

 

つまり。

 

考えることを放棄している

 

そう思うと、「具体的に言ってくれ」というのは、とても乱暴な意見だという気がしてこないだろうか。

話がかみ合わないのは、具体・抽象レベルが違うから

コミュニケーションの問題のほとんどが、「具体・抽象レベル」の違いから起きている。

お互いの見ている世界が、違うのだ。

 

「抽象→具体」の例。

生物

動物



柴犬・チワワ


たとえば、「生物の具体的な例は何?」と聞いて、「柴犬」レベルの話を聞きたい人にとっては。

「動物」や「犬」という答えを聞くと、こう思う。

 

「もっと具体的に言ってよ」

「考えが浅い」

「言ってることが違う」


どこまで具体化・抽象化できるかというのは、人それぞれの力量によって変わるから、かみ合わなくなる。

その場合は、「もっと深く考えて」と言っても伝わらないので、考え方や視点について説明する必要があるだろう。

相手がどの程度、抽象化できる人なのかを知れば、コミュニケーションをスムーズにすることができる。

具体レベルの人には、抽象の世界が見えない

~抽象→具体は見える、具体→抽象は見えない~

経営者が孤独になりやすいのは、経営側は抽象の話をしているから。

社員(具体)からは、経営陣(抽象)の考えが見えないのだ。

下から上に対する不満が大きくなるのは、「わからない言葉で語られると不快になる」という人間の性質によるもの。

抽象世界の話は、理解ができなくて不快なのだ。

「住む世界が違う」ので、仕方ないこと。

「上から目線」に注意しなければならない

相手よりも一段上の抽象レベルになると、どうしても「上から目線」になってしまいがち。

相手は、具体の世界にいるということを理解して、目線を下げるように努力したい。

分類したがるクセには要注意

抽象化は大事だけれど、偏りすぎてしまうことには注意が必要。

なんでも分類して、ひとくくりにしたがるというクセが強くなりすぎると、やはり、人に不快感を与えてしまう。

 

だから大事なのは、どちらかに偏るのではなく……

 

具体と抽象の往復

 

常に双方向の関係を忘れないように。

 

抽象化

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