哲学って何?【自分の意見で生きるために】まずは当たり前を疑うことから

哲学

当たり前のことに疑問を投げかけること。

それが哲学。

 

当たり前を疑う。

常識を疑う。

自分の考えを疑う。

他人から言われたことも疑う。

常に、疑う。

 

疑うことから、哲学が始まり、思考が始まる。

疑うことから、新しいものが生み出される。

 

どんどん疑おう。

自分の意見で生きていくために。

哲学習慣を。

哲学

 

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当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなります。

 

 

 

大事なことは「答え」そのものではなく、「答えを出そうとするプロセス」

追求するものは、「正しさ」ではない

哲学というと、学者が、難しい言葉をこねくりまわしているイメージ。

しかも、誰かが何か言うと、ほかの誰かがそれを否定する。

そんなことの繰り返しで、よくわからない。

何が言いたいの?って思うよね。

でも、それでいいんだということが、わかる。

なぜなら、大事なことは、「正しさ」じゃないから。

自分なりの「解釈」を考え、自分なりの「答え」を出そうとする

そのプロセスこそが、「哲学する」ということ。

少しでも、真理に近づこうとする。

正しさの追求ではなく、真理の追求なのだ。

だから、自分の意見は、誰かに否定されて当然のもの。

中心にあるものは、「自分」ではなく、「真理」だから。

 

ただし!

 

必ず、「自分なりの」答え、理由を考え出さなくてはならない。

「○○さんが言ってるから」では、ダメなのだ。

人生に「問い」を投げかける

哲学

人生に問いかける
  1. 自分の内部に問いかける(自己)
  2. 自分の外部に問いかける(社会)

 

そのためには、まずは既成概念を疑うことから。

「既成概念を疑う」ことからスタートする

まず疑う = 問いを立てる

たとえば、家族を哲学してみる場合。

  1. 既存の家族のカタチを疑う
  2. いろいろな視点で見てみる
  3. 人と対話しながら自分の考えを再構成する
  4. 自分で納得できるものを「家族」だと決める
  5. これだと思ったことを共有できる人と付き合う

 

まず疑う = 問いを立てる

違う視点で見て、人と対話する。

自分の考えを再構築する。

それが、哲学(思考)するプロセス。

人によって、本質は違う

人によって家族の本質は、違う。

それでいい。

自分が「これだ」と思ったことを共有できる人と、一緒に生きていくだけ。

「問いかけ」とは、自分の考えを明確にし、どんな人と人生を歩みたいかを決めることでもある

だから、恋愛・結婚・仕事に関しては、何度も何度も問いかける。

もちろん、答えはすぐには出てこないけれど。

「問いつづける」ことが、哲学プロセスだから。

毎日毎日、何度も、強く、問いかける。

それが「生きる」ということじゃないだろうか。

新しいビジネスアイデアを出す人は、問いつづけている人

新しいサービスをつくって成功している経営者は、無意識に哲学をしている。

問いつづけているからこそ、アイデアがひらめくのだ。

何ごとも、あきらめずに問いつづけてみよう。

自分の人生だから。

自己(内部)に問いかける

  • 私はどう生きていこう
  • 私はどう働きたいんだろう
  • 私にとって幸せとは何か

 

自己に問いかけることによって、自分のことをより深く知っていく。

たとえば、なんとなく「○○したいな」と思ったとき。

「ちょっと待てよ」と、問いかける。

 

「私はなぜ、○○したいのだろう?」

「そもそも、○○とは何なのか?」

 

自分の理由に自覚的になること。

なんとなくだけで考えていると、なんとなくの人生になってしまう。

社会(外部)に問いかける

  • 人はわかりあえるのか?
  • 私たちは本当に自由なのか?
  • なぜルールは存在するのか?
  • 自由とは?
  • 愛とは?
  • 法とは?

 

自分の外にある「当たり前」に問いを投げかける。

真理を追い求めていく姿勢。

他者に投げかけ、他者と共に問うところに、意味がある。

「なぜなのか?」理由を徹底的に考える

哲学するポイント
  1. “人それぞれ”は、NG
  2. 自分の言葉で、自分なりの理由を挙げる
  3. 否定意見を歓迎する
  4. わからないことは、「わからない」と言う

 

なぜ、理由を考えるのが大事なのか?

それは……

自分で考えないと、言われるがままの人生になってしまうから。

考えることを避けてしまうと、いざというときに何もできなくなる。

論理的思考力最悪の事態を考える思考力【生きられる人は2割だけ】論理的思考力の必要性とは

 

考えない人は、自分の命を守ることさえ、できないのだ。

「人それぞれ」はNG

たしかに、意見は「人それぞれ」。

ただし。

「人それぞれだから……」と、意見を提示しないのは、ごまかしであり、言い訳。

「間違ってたら恥ずかしい」というのは、見栄でしかない

人それぞれだからこそ、自分は「自分の意見」を述べる。

正しいかどうかは、関係ない。

そうしないと、自分の考えは発展しないのだ。

頭が働かなくなる。

 

自分には、自分の「意見」がある。

自分の言葉で、自分の意見を語ろう。

自分の言葉で、自分なりの理由を挙げる

「それが常識だから」で片付けてないか?

たとえば、「人を殺してはいけない」という意見を言うとして。

その理由を聞かれたら、どう答えるだろう?

たいていの場合、特に考えることなく、次のように答える。

哲学していない答え

  • それが常識だから
  • それが当たり前だから
  • だって命は大事だから
  • なんとなく
  • フィーリングで
  • 感情的に

 

「常識だから」で、片付けない。

むしろ、その常識を疑う。

「なぜなのか?」と、徹底的に考える。

必ず、自分なりの「理由」「答え」を探す

自分の「理由」、自分の「答え」を出していく。

理由・答えを考えるプロセスが、「哲学」。

間違っているかもしれない。

未熟な考えかもしれない。

それでも。

いったん、自分の頭で考えてみる。

自分で答えを出してみる。

間違っていたら修正すればいいのだ。

それの繰り返し。

だから、否定意見も歓迎する。

否定意見を歓迎する

人は、他者とともに、この社会に生きている。

「社会的動物」と言われるのは、他者が存在するから。

だから、一人だけでは考えが深まらない。

考えたことを、誰かに言ってみる。

同意されて自信が持てることもあれば。

違う意見が返ってきて、落ち込むこともある。

だからこそ。

多様な見方ができて、化学反応が起きるのだ。

否定意見を怖がってはいけない。

目的はあくまでも、「意見」を発展させること。

人格攻撃とは違うから。

弁証法批判されて落ち込んでたら意見は発展しない【ヘーゲルの弁証法】

 

脳は、刺激を受けることで、動き出す。

刺激を受けるからこそ、自分では考えもつかなかったことも思いつく。

他人の意見を怖がっている限り、新しいアイデアは生み出せないのだ。

他人の意見は、「脳を活性化させる刺激」。

大事に受け止めてみよう。

わからないことは、「わからない」と言う

自分で考えるとはいえ、「知ったかぶり」や「強がり」は、よくない。

わからないときは、「わからない」と正直に言うこと。

ソクラテスは、「正義について自分は何も知らない。 だから教えてほしいんだ」と語りかけたという。

自分の「無知」を認めることも、立派な哲学。

「自分としてはこう思う」というだけであって、「知っているわけではない」。

 

上から目線は哲学じゃないよね

哲学の目的は、「他人の幸福」と「自己の完成」

他人のためなのか?

自分のためなのか?

迷うところだけれども。

「他人の幸福」と「自己の完成」ならば、わかりやすいのではないか。

これを逆転させると、違和感が生じてくる。

 

  • 「自己の幸福」では、自己中心になりがち
  • 「他人の完成」では、自己犠牲になりがち

 

だから、「他人の幸福」を追求するなかで、「自己完成」になる。

このことは仏教の祖・釈迦も、「一生成仏」という言葉で言っている。

「成仏」とは、「完成」という意味

釈迦は、「一生成仏」と説いている。

「一生のうちに成仏する」ことが、生きる目的だ、と。

実は、死ねば成仏するのではなく。

生きている間に成仏すること。

それは、「自己完成」という意味と同じ。

 

生きているかぎり、完成された状態に達することはない。

完成された状態をめざして努力すること自体に意味がある。

どこまでいっても未完成だからこそ!

完成をめざして進むのだ。

 

それが、哲学でいうところの「自己完成」。

仏教でいうところの「一生成仏」。

 

哲学

まとめ

哲学

大事なことは、「正しい答え」を知っているかどうかではない。

自分の頭で、自分の言葉で、答えようとすること。

そのプロセスが、「哲学」であり、「思考」。

 

「問いを立てる」とは、「まず疑う」こと。

あらゆるものを疑うのだ。

 

常識、思い込み、当たり前のこと。

 

疑った先に、自分なりの答えが見えてくる。

「人それぞれ」ではなく、自分の答えを、いったん出すのだ。

 

人間は「言葉」がないと思考することができないから。

どんなことも、「言葉」にする。

「なんとなく」で終わらせない。

 

自由な現代。

私たちはさまざまな生き方、働き方を選べる。

 

けれども!

 

世の中には、「これが普通」「これが常識」というものが、やはり存在する。

「普通」が合わない人にとっては、生きづらい。

自分を、その苦しさから解放するために、「哲学する」のだ。

 

当たり前を疑い、常識を否定する。

そこから、自分だけの新しい価値観を見つけていく。

そんな生き方ができたら、どれだけいいだろう。

 

「哲学」を、習慣にしてみよう。

 

ということで。

 

memo
自分で考えるとは、まず疑ってみること。

そこから新しいアイデアが生まれるから。

「否定」「疑い」を習慣にしてみよう。

どんな意見であろうと、自分の意見で生きるのだ。

 

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