自己肯定感が低い、自信がない、そんな自分が嫌い?覚悟を決めれば簡単に抜け出せる

自己肯定感

自己肯定感は、誰でも高くできます。

でも、低いままでいたい。

なぜならメリットがたくさんあるから!

 

「自己肯定感が低い」「自信がない」「自分が嫌い」

それって実は、とっても心地良い。

 

自分の中毒に、気づいていますか?

自己肯定感の低さは、とっても心地がいい

自分の意志ではどうにもならない

薬物で逮捕された人は、決まって同じことを言います。

 

「逮捕されて良かった」

「誰かに止めてほしかった」

 

それくらい、自分の意志ではどうにもならないこと。

実は、「自己肯定感の低い自分」「自信のない自分」というのも同じ。

 

なぜかといえば……

メリットがたくさんあるから。

自己肯定感が低いことのメリットとは

「そんなことないのに~」

「ぜんぜん大丈夫だよ~」

「心配しなくていいよ」

「もっと自信もっていいよ」

……という、輝きに満ちた言葉の数々。

これが、欲しくて欲しくてたまらないのです。

 

つまり、自己肯定感が低いことによるメリットとは……

 

  • 励まし
  • なぐさめ
  • あわれみ
  • 同情
  • 褒め言葉

 

「かまってもらえた!」という快感があふれだして、たまらない。

 

自己肯定感が低いと、人から無視されないんだ

 

厳密に言うと、いつかは無視されるけれど、そんなときはまた、自己肯定感の低い自分に浸る。

 

「どうせ自分は嫌われ者だし」

 

そしてまた、新たな同情の声を待つのです。

 

嫌われるという痛みはあるものの、それ以上に、同情を集めることをやめられません。

長い間、かまってもらえなかった人には、すべてを犠牲にしてでも惜しくないほどの快感だからです。

 

だから中毒。

「自己肯定感の低い自分」は嫌い?

本当は「自分が好き」でたまらない

本当は、自分のこと、好きでしょうがない。

その証拠に、落ち込んでるときの気分って、こうですよね。

 

「私って……」

「私なんて……」

「なぜ私は……」

「どうせ私は……」

 

つまり!

 

心のなかには「私」しか、いな~い!

 

どれだけ「私」が好きなのか! というのが一目瞭然。

だけど、人の前では言うのです。

 

こんな自分が嫌い

 

なぜか?

 

理由は2つあります。

「自分が嫌い」という理由1:嫉妬が怖いから

「私ってすごいでしょ~」「こんな自分が好きなの」と言うと、必ず、嫉妬と妬みがきます。

「ナルシストなのか?」と文句を言われてしまいますよね。

それを怖がって言わない、という選択があります。

「自分が嫌い」という理由2:励まされたいから

「私はダメだ」「こんな自分が嫌い」と言うと、なぐさめと励ましがきます。

「そんなことないよ~」と言ってもらえますね。

結局、「自分が嫌い」と言っているほうが無難

自分のなかで、いろいろ天秤にかけた結果、「自分嫌い」を選んだほうが無難ですね。

誰もが本来、頭はいいから、自分の取るべき行動はちゃんと計算して選んでいるわけです。

そして、よりメリットが享受できるほうを選んでいます。

戦略として、今の姿を演じています。

「そんなことないよ~」と”言う人”も、実はうれしい

やはり、人の不幸は蜜の味。

「そんなことないよ~」と、上から目線で言えるのは、とても気分がいいもの。

だから、励ます側も、実は喜んでいます。

 

そして当然ながら。

 

「そんなことないよ~」と”言われる人”も、快感を味わっている。

上から目線になりたい人と、励まされたい人の取引

幸せを確認し合う行為

きっと、今日もどこかで、次のような取引が繰り広げられています。

 

「私はダメだ」

「そんなことないよ~」

 

そうやって言い合って幸せを確認しているのですよね。

やりたくてやっている状態です。

なぐさめ合いが、必要なときもある

「なぐさめ合い」という取引が、必要な時期というのもあります。

心が弱っているときは、弱さをさらけ出すことで癒やされますよね。

だから、必要なときは、堂々と求めましょう。

中途半端にやるよりも、思いっきりやろう

中途半端は、どこまでいっても中途半端。

何ごとも、思いっきりやるのが、いい。

やり尽くしてみれば、だんだんと、遠回しなコミュニケーションが
面倒になってきます。

なんだか気持ち悪くなってきたりも、しますよね。

そして、「そろそろ自分を好きなんだと認めようかな?」という気分になってくるものです。

自然となるから心配しなくていい。

抜け出したくなったら覚悟を決めよう

変わろうと思っても、必ず葛藤するものです。

 

再び孤独に戻るくらいなら、チャレンジなんてしないほうがいい。

 

とはいえ、自分でもやはり願っているもの。

こういうクセから抜け出したい、と。

 

中毒をやめるって本当に覚悟と勇気が必要。

半年くらいは、忍耐強く取り組む時期も必要です。

 

難しいとはいえ、薬物よりも簡単。

覚悟さえ決めれば、半年あれば抜け出せます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です