なぜ人に恨みを抱くのか?「石」に恨みは感じないのに

恨み

なぜ、この石はここにあるのか?

なぜ、こんな形なのか?

どうしても許せない!

そんな感情を「石」に対して抱いたことはあるだろうか。

 

「恨み」は、相手が「人間」だからこそ、抱くもの。

「石」への八つ当たりは、一時的

「石」につまずいたとか、何らかの不利益を受けたときに、八つ当たりすることはある。

 

でも、一時的で終わる。

 

なぜなら、「石」に一生の恨みを抱くのは愚かなことだと感じるから。

でも、「人」への恨みは持ち続けてしまう。

私のために変わってくれるかどうか

「石」に何を言っても、「石」は変わらない。

それを知っているから、恨みは持たないのだ。

 

では、人は?

 

「石」とは違い、「人」は、私のために変わってくれるものだと勘違いする。

だから、恨んでしまう。

「期待」が、「恨み」に変わる

「私のために変わってくれるはずだ」

それが、期待。

期待すればするほど、恨みになってしまう。

「恨む」のは、相手が人間だから

「恨める」ということは、相手を「人」だと認識している証拠。

「人間だからな」と、受け止めよう。

期待するのも、恨むのも、人間が人間に抱く感情なのだ。

人を恨んだら、まずは、相手をモノ扱いしてないっていう自分を褒めてあげよう。

「期待」は、勘違い

「私のために変わってくれるはずだ」というのは、ただの勘違い。

相手は変わらない。(こちらのためには)

そのうえで、恨み続けることの愚かさを考えてみる。

恨んだり、嫉妬したり、してもいいけれど、その感情を相手に向けることは
愚かなことだ。

相手に対しては、相手の成長を心から願うこと。

願うことができないなら、離れること。

どちらかしかないのであって、「恨み」の選択はやめておこう。

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