「いい人」をやめれば人生はうまくいく!では、どんな人になればいいのか?

いい人をやめればうまくいく

本当に成熟した大人とは、簡単に自分を他人に預けて周囲に迎合するような人間ではありません。

 

「『いい人』をやめれば人生はうまくいく」by 午堂登紀雄

 

成熟した大人のやり方
  • 自分や社会を縛っている根拠のない常識やルールを疑う
  • 物事の本質を追求する
  • 自分の意志で生きる
  • しがらみから自らを解放する
  • 自分を表現しながら生きる

これこそ、成熟した大人!(午堂さんの見解)

 

成熟した大人の真逆をいっているのが、いわゆる「いい人」。

「いい人」って、全然「いい人」じゃない。

それなのに、なぜ、いい人の顔をしてしまうのだろう?

 

いい人をやめればうまくいく

 

いい人をやめて、どんな人になればいいだろうか?

いい人の特徴とは?

マジメに生きようとするあまり、本音が出せない

この本に書かれている、いい人の特徴とは次のようなもの。

  • 他人の目を意識して生きる
  • 他人の目を優先して行動する
  • 本音でぶつからない
  • 周囲も本音でぶつかってくれない
  • 結果的に、安らかな人間関係が築けない
  • 人から嫌われるのは人間として欠陥があるからだと思いこんでいる
  • いざというときに一人になるのが怖い
  • 道徳・常識・ルールを愚直に守ろうとする
  • ときには、強い道徳心で他人を批判する

 

改めて眺めてみると、本当に生き苦しい。

だけど、たいていは、こういう生き方をしているのではないだろうか。

一番はやはり、「他人の目」を気にして、本音を出せないこと。

[他人の目]気にすれば窮屈、無視すればゴキゲン

~勝手に窮屈になっているだけ~

勝手に居心地が悪いと感じているだけなのです。
一人ではつまらない、寂しいというのは事実かもしれませんが、自分を窮屈にするものの正体は、他人からこう思われるのではないかと気にする自分の心であり、強迫観念です。

 

行動、考え方、生きる基準が、「他人の目」でしかない。

そうすると、人生はつまらなく感じる。

愚痴と不平不満だらけになる。

「いい人」の闇は、深い。

でもそれは、自分で勝手に窮屈にしているだけで、誰のせいでもない。

 

居心地が悪いと感じるのも!

窮屈だと感じるのも!

生き苦しいのも!

自分で勝手にそうしているだけ!

 

自分で勝手に、他人の目を気にしているのだ。

それを、「なぜ自分だけが?」とキレられても、周囲は迷惑する。

~「他人の目」を排除すれば、ゴキゲンでいられる~

他人の存在や言動によって、怒りがこみ上げたり、不安になったり、みじめになったり、葛藤を起こしたりという、自分の感情を揺さぶられることなく、いつもさわやかな気分でいられるということ。言うなれば、「何があってもどんなときでも、いつもゴキゲン」な状態です。

 

「他人の目」が基準になければ、他人の存在・言動で振り回されない。

いつもゴキゲンでいられる!

 

自分を幸せにしたいなら、「他人にどう思われているか」をリサーチすることをやめることだ。

 

では、なぜ、「いい人」をやめられないのか?

 

その理由は……

「考える力」がないから

「いい人」は、深く思考することが苦手な人

なぜ、感情に振り回されるのか?

~解決方法を論理的に考えることができないから~

息苦しさから抜け出せない人のほとんどは、深く思考することが苦手です。だから感情に振り回されてしまい、解決方法を論理的に考えることができません。

 

論理的に考えるとは
  • なぜなのか?
  • 本当にそうなのか?
  • 今後はどうするのか?

そこを突きつめて考えていくことが「論理的」。

 

個人的にはずっと、「論理的思考力」という言葉が嫌いだった。

でもそれは、「自分で考えたくない」という言い訳だったように思う。

考える力がないと、感情に振り回されるがままになる。

 

なぜなのか?

本当なのか?

それで自分はどうするか?

 

そこを考えていくことが、思考力。

~常識やルールを忠実に守り、人のせいにする~

社会の常識に従順で、受け身で、論理的思考が苦手だからこそ、何か自分が困ったときには他人のせいにし、自分に降りかかってきた問題を自分で解決することができません。

「こんな目に遭った」と自分の境遇を嘆き、なんとかしてほしい、同情してほしいと願うわりには、自分から「こうしよう」という考えがありません。

 

  • 社会の常識に従順
  • 受け身
  • 困ったら他人のせい
  • 自分の問題を自分で解決できない
  • 自分の境遇を嘆く
  • 同情だけを求めて、自分では考えない

 

自分の境遇を嘆くだけで、解決策は考えられない。

むしろ、他人が解決策を考えてくれないことに、腹を立てる。

それこそ、「THE・いい人」の正体!

境遇を嘆くだけ、嘆くので、常に感情的になっている。

 

考えられない = 感情に振り回される

 

考えられない人は、感情に流されるままに生きていくことになる。

論理的に考えることができないと、どうなるのか?

~不平不満でいっぱいになる~

弱者は「なんで自分だけがこんな目に遭うんだ」「まじめに生きてきたのに」と怒りをあらわにしますが、何かにしがみつくことに一生懸命で、結局は何も考えていないのです。

 

ある意味では、マジメに生きているし、すごく頑張っている。

 

他人の価値観に合わせようと。

周囲の期待に応えようと。

自分を抑えようと。

 

だけど、理不尽に感じてきて、いきどおりが出てくる。

頑張っても頑張っても、誰にも理解されないから。

自分の頑張りが報われないことに、納得がいかなくなってくる。

 

心が弱っているなと感じたときは、マジメに「いい人」を生きてきた可能性が高い。

 

「考える」ことを放棄していないか?

周りの意見に合わせることに必死になっていないか?

 

それは結局、「何かにしがみつく」という状態。

我慢しながら、嫌われないことに、必死にしがみついている。

「考えない」ことの結末は、クレーマー、ネット炎上者、バッシングを繰り返す人。

かなり怖い。

~依存的になる~

彼らはおそらく、自分の感情を自分で消化できないから吐き出せる相手が必要なのでしょう。自分で自分の問題を解決できないから相談できる相手が必要なのでしょう。

 

友達は大切。

ただし、不安だから、自信がないから、ただ、つるんでいたい。

そんな心理もあるのでは?

 

なぜ、「友達の数」にこだわるのか?

「友達を作らなきゃ」と焦っていないか?

 

自分で、自分の感情を消化できないから。

自分で解決できないから。

だから、友達にこだわっているのではないだろうか。

~「ムラ社会」に縛られる~

「地震など自然災害が起きたら助け合いが必要だから、地元の人間関係は重要だ」と言われたことがあります。
しかし私がこうした主張に納得できないのは、普段からの人間関係があるから助け合えて、なければ助け合わないという、いわゆる「ムラ社会」的な発想が根底にあるように感じるからです。

 

一人でいると、何かあったときに損をするのではないか? 

困るのではないか?

そんな恐怖感も、一人ではいられない原因。

 

助け合える人間関係を作っておかないと不安でしかたない。

それこそ、古代のムラ社会で形成されてきた、同調圧力。

DNAに刻まれてしまったもの。

 

村八分にされると生きていけないから。

密告されると生きていけないから。

だからいつも、ビクビクしながら人づきあいを続けてしまう。

 

考えてみれば、いざというときなら、赤の他人であっても助ける。

それこそが本当の助け合いであり、本当の思いやり。

日頃からの関係を大事にしておかないと何もできないなら、義務感でしかない。

「自分が損をしないため」という目的でしかない人間関係なら、苦しいだけ。

 

「一人でいては大変?」

「損をするかも?」

不安になってないだろうか。

いい人をやめればうまくいく

誰もいないと寂しい?

「自分で考える」とは、自分の本音と向き合うこと

自分の心と対話する時間を増やす

~自己との対話は、自分との戦い~

自分で自分を変えるためには、自分の心と対話する時間を増やすことです。
自己との対話は、自分の本音を認めるのが怖いとか、考えたくないとか、面倒くさいといった自分との戦いでもあります。

 

  • 本音を認めるのが怖い
  • 本音を考えたくない
  • 面倒くさい

 

そんな気持ちと戦うことが、自己との対話。

自分の心としっかり対話しないと、自分は変わらない。

なぜ、変われないのだろうか?

~本音と向き合わないと、自分の気持ちがわからない~

自分の本音と向き合うのを恐れ、自分との対話を避けているため、いつまでも本当の自分がわからない。他人にも本音を見せないため、自分の言動によって起こる相手の反応を通じて、自分の振る舞い方を修正するということもできない。
だから解決方法は、その逆をすることです。

 

本音と向き合わないと、自分のことがわからない。

 

  • やりたいことが、ない
  • 夢が、ない
  • 何をしたいのか、わからない

 

自己との対話を、避けてきてしまったからではないだろうか。

自分の本音を隠していると、相手の反応も、わからない。

自分の本音がいいのか悪いのかさえ、わからない。

 

つまり、自分を変えるとは……

  • 自分の本音と向き合う
  • 本音で他者と向き合う
  • 相手の反応を見て、自分の言動を変える

 

だから、自分が変わる。

つまり、本音を見て、本音を出してみないと変われないのだ。

隠していると変われない。

だからまずは、自己との対話が必要。

自己との対話で何をするのか?

~整理して、レベルアップさせる~

重要なことは、自分自身の物事に対する捉え方や、それに対する感じ方を整理したり、レベルアップさせたりすることです。

 

物事に対するとらえ方、見方、感じ方

それを整理し、レベルアップすること

それが、自己との対話。

~勝手に窮屈にならず、軌道修正する~

自分の勝手な価値観で勝手に悩みに変えるのではなく、捉え方を変えて前向きに進むための根拠にしていくことです。

 

とらえ方を整理するとは、自分の勝手な思い込み、我見を整理すること。

そして、進みやすくなる方向へと修正していく。

そのための、自己との対話。

自己との対話に徹すると、どうなる?

~自分の感情を抑え、冷静に対処できるようになる~

これは高度に内省的な作業ですが、この習慣を自分のものにできれば、あらゆる出来事に対して自分の感情を制御することができ、冷静な対処ができるようになります。それは感情的にも安定した人生につながります。

 

高度に内省的な作業。

かなり大変。苦しい。

でも、この作業こそ、感情をコントロールし、適切な行動をとることが可能になる。

やはり、日々の「振り返り」が大事。

すべての仕事は10分で終わるすべての仕事は10分で終わる~スキルアップとは○○をアップすること【振り返りで自己成長】

 

では、どんなふうに内省したらいいのだろう?

落ち込むためではなく、強く生きるために。

強く生きるために必要なことは?

  1. 自分の問題を自分で解決する覚悟
  2. 自分にはできるという自己信頼
  3. 具体的に、何が困るかを考え抜くこと

 

いい人をやめればうまくいく

自分で解決する覚悟を持ち、自分を信頼する

環境変化に流されずに強く生きるためには、自分の問題は自分で解決するという覚悟と、「できる」という自己信頼を獲得することが必要です。

 

まずは、覚悟

そして、自己信頼

 

覚悟と信頼のない人は、何かにすがりたくなるから。

自分の問題は、自分で解決しよう。

そのためには、自己を強く信頼すること。

自己信頼自己信頼 by エマーソン【必読】不安になったときの超オススメの一書

問題に直面したら、具体的に考える

「具体的に考える」ことです。
ちょっと複雑な問題に直面したら、「ああもう、わからない!」「もういい!」「もう知らない!」などとさじを投げるのではなく、考え抜く習慣をつけることです。

 

考えても考えてもわからないと、考えるのがイヤになってくる。

だから安易に、誰かに答えを求めようとしてしまう。

けれども、誰かに答えを求めるとは、その「誰か」に考える力を丸投げすること。

自分で考えなければならない。

何を考えるのか?

~具体的に何が困るのかを、考え抜く~

根拠のない思い込みや常識、個人の感じ方にすぎない道徳心や社会規範に対して、自分がそれを守らなかったら具体的に何が困るのかを考え抜くことが、この窮屈な監視社会から逃れる方法のひとつです。

 

  • 根拠のない思い込み、常識
  • 道徳心、社会規範
  • 自分がそれを守らなかったら、どうなるのか?

 

今、持っている常識は、本当に常識なのか?

「○○しなければならない」って、本当なのか?

 

自分で考えるのが大変だから、社会の考えに合わせているだけではないか?

~「課題の見える化」をする~

今の自分の悩みや不安、不満は何か。それを引き起こしている原因は何か。それを解決する方法は何が考えられるか。

これらについて思いつくことをすべて書き出していきます。そのとき、できるかどうかは大きな問題ではありません。「自分には無理そう」と感じても、「ではどうすれば可能になるか」を考え書き加えていくのです。

 

  • 悩み、不安、不満は何か?
  • その原因は何か?
  • どうして、そうなのか?
  • 何が困るのか?
  • どうすれば解決できるか?
  • どうすれば可能になるか?

 

具体的に、ひとつひとつ、考えていくこと。

 

いい人をやめるとは、「自分で考える人」になることだ

 

これは、毎日やるのがオススメ。

常に紙とペンを常備し、モヤモヤするたびにメモ書き。

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お金にポジティブに関わる

いい人ほど、お金を稼ぐことに罪悪感をもつ

いい人ほど、お金を稼ぐことに対する罪悪感があります。だから、正当な対価の要求や思い切った値付けができません。稼ぐことは他人から(弱者から)お金を搾取して、自分だけがトクしているような感情になるからです。

 

いい人は、お金を稼げない。

罪悪感をもっているから。

自分だけトクしちゃいけないと思っているから。

それはつまり、自分の価値が低いと思い込んでいる状態。

いい人は、自分の価値は低いと思っている

自分の価値は低いと思い込んでいるので、労力に見合った報酬を要求する勇気もありません。

 

やはり、自己肯定感が問題。

お金がどうこうよりも、なぜ、自分の価値を下げてしまうのか?ということが問題なのだ。

労力に見合った報酬をいただくのは、当たり前。

それは、相手に喜んでもらうことだから。

実は、相手に喜んでもらいたくない?

「お金をいただく」とは、「相手に喜んでもらう」と同義だということです。

にもかかわらず、お金を稼ぐことに罪悪感を覚えるという人は、「相手に喜んでもらいたくない」と言っているのと同じということになります。

 

「相手に喜んでもらいたくない」というのは、真理をついていると思う。

結局のところは、全然、「いい人」じゃないのだ。

自分がいい顔をしたいだけ。

そんなに小さな自分じゃないよと、見せたいだけではないだろうか。

いい人をやめれば、自由に行動できる

(いい人は)行動することもできません。ずるいと感じ、周囲から白い目で見られるのではないかと恐れるからです。そのため、儲けている人が妬ましくなる。自分ができないことで他人が儲かることに我慢ができなくなる……。

そんないい人をやめれば、もっと自由な発想ができます。もっと自由に行動できます。

 

お金を稼げないというのは、自由な発想と行動ができないから。

 

それはなぜか?

 

白い目で見られたくないから。

 

それはなぜか?

 

自分には価値がないと思っているから。

 

だから、我慢して、周囲に合わせなきゃと思う。

お金を稼ごうという話ではなく。

人の目を気にすることをやめたら、結果的にお金も入ってくるようになるということではないだろうか。

 

本音を認めるとは、「稼ぎたい」と思っている自分の本音を認めること。

「自分には価値がある」と本当は思っていることを、認めること。

いい人は、やめよう。

 

「お金には色も性格も人格もなく、それを使う人によって、きれいにも汚くもなる」という認識を持てば、生きていくうえで最も重要な道具のひとつであるお金に対して、もっとポジティブな関わり方ができるようになるはずです。

まとめ

いい人をやめればうまくいく

 

いい人をやめればうまくいく

 

「いい人をやめる」とは、自分の本音で生きていくこと。

そして、自分で考えること。

自分で考えて、自分の本音で生きる。

「いい人」をやめたほうが、「いい人生」が生きられる。

 

そのためにも!

考える力をつけることが大事なのだ。

考えられないと、「いい人」は卒業できない。

いつまでたっても生き苦しい。

 

いつも苦しいのは、考える力がないからではないか?

「考える人」になろう。

 

ということで。

 

memo
「いい人」とは、何も考えていない人。

自分で考える人こそが幸せになる。

「考える人」になることが、「いい人」をやめる道。

2019321

 

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