【承認欲求の解放】苦しい人間関係は「理由と根拠」でやめられる

いい人をやめれば人生はうまくいく

「友達ができない」「友達が少ない」

その悩み、実は、必要ないものかもしれません。

 

「親友は大事だ」と言う人には要注意です。

(「『いい人』をやめれば人生はうまくいく」by 午堂登紀雄

 

え? なんで要注意?

 

理由を、自分で考えてみよう。

 

「理由と根拠」を考え始めると……

  • 人へのムダな気遣いが減る
  • 本物の友達ができる
  • 人間関係がスッキリする

 

考える習慣が、自分を変えます。

 

参考図書

なぜ、友達が必要なの?

集団欲求によって、誰かと一緒にいようとする

孤立や孤独を恐れる「いい人」は、いつも友達と一緒にいようとします。そしてそういう人ほど、どこか軽いというか、考えが浅い印象を受けます。

逆に子供でも学生でも、一人でぽつんとしている人ほど、話すととてもしっかりしていることが多いように感じます。

 

人間は、孤立しては生きていけない

私たちの野生としての本能は、孤立を恐れます。

エサを狩る、敵から身を守る、子孫を残す。

それらのいずれも、孤立していては実現できないからです。

 

「いい人」になるのは、生存戦略

「いい人」として振る舞い、周囲から嫌われないようにすることは、動物の生存機能としては当然のこと。

悩む必要は、ないと言えばない。

 

ただし、問題点。

 

私たちの生きる社会は、サバンナでもなければ、ジャングルでもないという事実

 

いつまで「嫌われない生き方」を選ばなければならないのか?

だから、私たちは悩み、苦しんでいるのかもしれません。

生活環境はどんどん変わるのに、生き方が変わらない。

集団に所属したいと思う反面で、新しい生き方をも模索したい。

 

アドラー心理学の「嫌われる勇気」がベストセラーである理由も、「嫌われないように生きていくこと」に、誰もが疲れきっているからではないでしょうか。

 

嫌われない生き方に、疲れているのかな?

 

「友達」という概念は、社会の圧力では?

考えてみれば、「友達」という概念も、自分一人では持っていなかったかもしれません。

 

自分で「友達を作ろう」と思ったのではなく、周囲から「作りなさい」と強要されたのです。

 

「友達と遊びなさい」という命令

子どもの頃に、親や先生から言われ続けました。

「友達と仲良くしなさい」「友達をたくさん作りなさい」と。

 

でも、小さい子どもは、本当は自分一人だけで遊びたい。

おもちゃも、独り占めできるほうが楽しいはずです。

 

個人的に思い返してみても、幼稚園の頃は、「友達と遊びたい」という気持ちはなかったように思います。

 

「社会性を身につけさせねば」というのは、大人の都合

子どもは自ら、「社会性が大事だ」なんて思いませんよね。

すべては、大人からの押しつけでしかない。

 

つまり、「友達を作りなさい」とは、社会からの命令であって。

「友達を作らなきゃ」と思うのは、社会に迎合しなければならないという強迫観念なのではないか。

 

文明が進んでいる今、「これは本当に、自分の本音なのだろうか?」と疑ってみても、いいのかもしれません。

 

自分で考え始めたときから、自由が始まる

これって本当?

  • 「持つべきものは友」
  • 友達の多い人ほど幸せ
  • 夢を叶えるには仲間が必要
  • ひとりぼっちは寂しい

 

社会から押しつけられてないでしょうか?

ほかの考え方は、ないのでしょうか?

本当に自分の本音で、「友達がほしい」と思っているでしょうか?

 

一人ではつまらない、寂しいというのは事実かもしれませんが、自分を窮屈にするものの正体は、他人からこう思われるのではないかと気にする自分の心であり、強迫観念です。

 

「他人の目」を気にしてるだけなんだろうか?

「友達が少ないのは、恥ずかしい」っていう気持ちなのかな?

 

ここで重要なのは、何が正解か不正解か、ではなくて。

 

自分の頭で考え始めてみること。

世間の常識を、いったんは疑ってみること。

 

それが、「いい人」から脱却する第一歩目。

 

逆をいえば。

「いい人」とは、「何も考えてない人」なのです。

 

「いい人」は、自分で考えるよりも周囲に従う

生存するための行動選択

集団欲求によって「いい人」になった私たちは、次のような行動を選択します

  • いつも誰かと一緒にいようとする
  • 好かれる努力をする
  • 嫌われない努力をする
  • 社会の常識、ルールに従う
  • 押しつけの社会規範を疑わない
  • 自分で考えない

 

よく、「鵜呑みにするな」「自分で考えろ」と言いますが。

そう言ってる人でさえも、鵜呑みにするし、集団欲求のもとで行動しています。

だから、誰にも、偉そうなことは言えないはずなのです。

 

ただ、何も考えない「いい人」は、客観的判断ができないため、叱られたら叱られたまま、必要以上に落ちこんでしまいます。

 

イジメやモラハラで苦しむ場合、明らかに「する側」が悪いのに、「される側」が、「自分が悪いんだ」と悩んでしまう現状がある。

 

つまり。

思考力のなさが、息苦しさの原因

 

息苦しさから抜け出せない人のほとんどは、深く思考することが苦手です。だから感情に振り回されてしまい、解決方法を論理的に考えることができません。

 

思考力がないから、感情に振り回される

1
思考の放棄
解決方法を自分で考えない

  • 「私にはわからない」「考えるのが面倒」
2
社会常識への盲目
ルールをそのまま信じ、ルールの正しさにこだわる

  • 「……すべき」「……しなければ」
3
社会への批判
困ったときは、他人のせい

  • 「私は、まじめにルールに従ったのに……」
4
「わかってほしい」願望
自分の境遇を嘆き、共感と同情を求める

  • 「私、こんなに苦しいの」
5
他者へのこだわり

自分の正当性を、証明せずにはいられない

  • 「なんで誰もわかってくれないの?」
 
6
息苦しい生活
感情に振り回される

  • 「なんで私だけ……」

 

すべての過程で共通しているのは、「自分で決めてない」という点。

自分で決めてないことについては、誰かに、共感を求めたくなります。

 

共感してくれる人がほしい

集団に従わざるをえないストレス。

でも、自分で決める勇気もない。

 

そこで必要なのが、共感してくれる友達。

 

友達は、なぜ必要?

  • 自分の感情を自分で消化できないから
    • 吐き出せる相手が必要
  • 自分で自分の問題を解決できないから
    • 相談できる相手が必要
  • 自分の生き方に自信が持てないから
    • 共感し慰めてくれる相手が必要

 

自分で考えられないからこそ、他者からの共感が必要になるんですね。

 

さて、ここで疑問が浮かんできます……

 

 

それって本当に友達なのか?

 

 

人と騒いだあと、ドッと空虚感が襲ってくるのも、実は、「嫌われない生き方」に違和感を抱いているからなのではないでしょうか。

「生存のため」の関係づくりに、嫌気がさしているのかもしれません。

 

じゃあ、どうしたらいいんだ……

 

集団からあえて離れ、「孤独の時間」を作り、「自分と対話すること」です。

 

自分の心と対話する

「考えたくない自分」と戦う

自分で自分を変えるためには、自分の心と対話する時間を増やすことです。

自己との対話は、自分の本音を認めるのが怖いとか、考えたくないとか、面倒くさいといった自分との戦いでもあります。

 

何も考えずに従うのではなく、本当の自分の心を知るために、一人で考える。

従うとしても、「従う」ことを自分で決めたいですね。

 

本当の自分を知るための手順

  1. 自分と対話する時間を増やす
  2. 自分の本音と向き合う
  3. 相手に本音を見せる
  4. 自分の言動による、相手の反応を見る
  5. 自分の振る舞い方を修正する

 

自分の本音を知るからこそ、他者にも本音を話せる。

本音を話すからこそ、自分の振る舞いを修正できる。

結果的に、他者との関係性がよくなるのではないでしょうか。

 

これは高度に内省的な作業ですが、この習慣を自分のものにできれば、あらゆる出来事に対して自分の感情を制御することができ、冷静な対処ができるようになります。それは感情的にも安定した人生につながります。

 

でも、「自分の心と対話する」って、どういうことなの……?

 

「理由と根拠」を、具体的に考え抜く習慣のことです。

 

「理由と根拠」を、「具体的に」考え抜く

「具体的に考える」ことです。

ちょっと複雑な問題に直面したら、「ああもう、わからない!」「もういい!」「もう知らない!」などとさじを投げるのではなく、考え抜く習慣をつけることです。

 

中途半端にではなく、「具体的に」考え抜いてみる。

 

1.今日の出来事を振り返り、次の行動を考える

  • ああ、自分はこう感じているんだ
  • だけど、こうしないといけないな
  • じゃあ、明日からはこうしてみよう

 

2.「理由」「解決策」を考える

  • 今の自分の悩み・不安・不満は何?
  • その原因は何?
  • それを解決する方法は、何がある?
  • 自分にできることは、何?

 

3.自分の思い込みや社会常識の「根拠」を考える

  • 今の思い込み・常識・道徳心・社会規範を守らなかったら、具体的に何が困るの?
  • 自分にとって、本当に必要なのか?
  • 自分は本当に、それをしたいのか?

 

勝手な価値観で、勝手に悩まないこと

  • 自分の感じ方・考え方を整理する
  • 自分の感じ方・考え方をレベルアップさせる
  • 自分勝手な価値観で、勝手に悩まない

 

私たちの思考の大部分は、自分勝手な「思い込み」です。

「自分の思い込みによって、勝手に悩みを大きくしているだけ」というのが、悩みの真実でもあるのです。

 

だからこそ、「理由と根拠」を考え抜くことで、常に客観性を心がけること。

 

客観性を心がけたら、どうなるの?

 

どんどん、自分を信頼できるようになっていきます。

 

自己信頼感が手に入る

あらゆる判断や行動に、自分なりの根拠や理由を考える習慣をつけることによって、自分の価値基準が見えてきます。そしてその基準を自分自身で信頼できるようになります。

それはやがて、他人の意見に容易に揺るがない、強い精神軸を養う土台となるのです。

 

要するに。

私たちが、自分に自信をもてないでいるのは、子どもの頃からずっと、社会からの命令におとなしく従ってきたせい。

 

そこから抜け出すには。

「いちど、疑ってみる」「理由と根拠を考える」というプロセスが必要なのです。

 

自分には、解決できる能力があると信じる

環境変化に流されずに強く生きるためには、自分の問題は自分で解決するという覚悟と、「できる」という自己信頼を獲得することが必要です。

 

自己信頼とは、自分の問題は「自分で解決できる」と信じること。

 

アドラー心理学でも、私たちの「心理面での目標」として、「『私には能力がある』と思うこと」を掲げています。

そして、承認欲求を否定します。

 

「理由と根拠」を自分で考えるようになれば、誰かの理解や共感が必要なくなるからです。

 

POINT

理由と根拠を考え始めると、「私には能力がある」と思えるようになる。

それが自己信頼。

すると、承認欲求は消えていく。

 

ということは……

 

共感してくれる友達は、必要なくなるってことなのか?

共感してくれる友達はいらない

問題を解決する人は、自分 or 専門家

社会に出たら、友達はゼロ人でもまったく問題ありません。

 

なぜならば。

 

自分の課題解決に貢献する人は、実は友達ではない場合がほとんどです。

 

自分の問題を解決する人は誰?

  1. 自分
    • 自分との対話が上手になれば、自分で解決できる
  2. 専門家(プロ)
    • プロに依頼すれば、最短で解決できる

 

つまり。

友達に悩みを相談する必要がない

「不安だから誰かと一緒にいる」必要もなければ、「共感してくれる人を求める」必要も、なくなるのです。

 

だからこそ。

 

無理して好かれようとか、嫌われないように努力するという労力はあまり意味がないということ。だから、友達がいない、少ないことを気にする必要はないということです。

 

無理して好かれようとしなくてもいいなら、とても気楽につきあえますよね。

 

要するに。

「友達は必要ない」と思っているほうが、本当の友達ができる

 

「嫌われないように」努力すればするほど、薄っぺらな関係ばかりが増えていくのかもしれません。

 

結論は、自分で出そう

「友達は多ければ多いほどいい」というのも生き方ですし。

「友達はいらない」というのも生き方。

 

答えは、自分で出したい。

 

ここで言いたいことは、どんなことも、「自分で考え始めよう」ということです。

 

「みんなが言ってるから」「世間の風潮がこうだから」ではなく。

「私がこう思うから」で、選ぶ。

 

「理由と根拠」を常に自分で考えるようにすると、友達がいようがいまいが、人間関係はスッキリしていきます。

自分の本音が、見えるようになっていくからですね。

まとめ

本音で生きていくために

誰もが、「本音で生きていきたい」「自由に生きたい」と願いつつも、それができないでいるのは、「本音と向き合い、本音で語る」ことをしていないから。

安易に、周囲の雰囲気に従っていないでしょうか。

 

次の手順で、本音にチャレンジしてみましょう。

  1. 自分と対話する時間を増やす
  2. 自分の本音と向き合う
  3. 相手に本音を見せる
  4. 自分の言動による、相手の反応を見る
  5. 自分の振る舞い方を修正する

 

とはいえ、自分の本音を知ることは、とても難しい。

ずいぶん長い間、社会の要求に従ってきてしまったからです。

 

それでも、自分を放棄しない。

わからなくても、考え続けることが大事なのだと思います。

 

コツは3つ。

1.今日の出来事を振り返り、次の行動を考える

  • ああ、自分はこう感じているんだ
  • だけど、こうしないといけないな
  • じゃあ、明日からはこうしてみよう

 

2.「理由」「解決策」を考える

  • 今の自分の悩み・不安・不満は何?
  • その原因は何?
  • それを解決する方法は、何がある?
  • 自分にできることは、何?

 

3.自分の思い込みや社会常識の「根拠」を考える

  • 今の思い込み・常識・道徳心・社会規範を守らなかったら、具体的に何が困るの?
  • 自分にとって、本当に必要なのか?
  • 自分は、本当にそれをしたいのか?

 

はたして、友達は必要なの?

もしかしたら、「友達がいないと幸せになれない」というのは、勝手な思い込みかもしれません。

「友達が少ないのは恥ずかしい」という世間体なのかもしれません。

不安だから、共感してくれる人を求めているだけかもしれません。

「友達を作りなさい」という命令によって、ムダに苦しんでいる可能性もあります。

 

どうであるかは、人それぞれですが。

本当に自分が求めるものを、求める人生にしたいもの。

 

社交好きな人は社交を楽しめばいいし、一人好きな人は一人で楽しめばいい。

誰かからの命令で動くのではなく。

自分の「理由と根拠」を、自分で考え始めると、どんどんスッキリしていくはずです。

 

だからこそ。

なんの根拠もなく、「親友は大事だ」と言う人には、注意が必要なのだと思います。

何も考えてない人の、おしきせのルールに染められてしまうから。

そうして自分もどんどん、何も考えてない人になっていってしまうから。

 

さて。

今の人間関係、本当に自分が求めてるものでしょうか?

 

ということで。

 

今日の問いかけ
  • 友達に共感してもらうことは、本当に必要なの?
  • 自分で考えてないだけではないの?
  • 本当に求めているものは、何だろうか?

 

 

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