自己犠牲になってない?自分の我慢は他者を傷つけるもの

自己犠牲

我慢は毒でしかない。

自分のみならず、他者をも傷つける。

「なぜ自分だけ?」我慢の矛先が他者へと向かう

我慢して我慢した結果は、「なぜ自分だけが?」と、矛先が必ず他者へと向かう。

本当は、自分が我慢をしたのが原因なのに。

言いたいことも我慢して、欲しいものも我慢して、それで望むものが手に入るのか?

もちろん、手に入るときもある。

良い意味での「忍耐」ならば。

必要な我慢かどうかは、自分でしっかり考える

持続するには、我慢が必要。

時を待つのも、我慢が必要。

 

「我慢が幸せを作る」というのは、ある意味で、正しい。

 

だけど、鵜呑みにしてないか?

ちゃんと、自分の頭で考えてる?

何を我慢すべきで、何を我慢すべきじゃないのか。

必死になって、考えてみるのだ。

自己犠牲がつのる我慢なら、間違っている

もしも。

自己犠牲の気持ちが強いなら。

なぜ他人は幸せそうなのか?と、嫉妬心ばかりがつのるなら。

 

それはきっと、「我慢すれば手に入る」という、間違った考え。

ものすごーく、危険なのだ。

「自分だけ我慢するなんて許せない」と思うようになる

親になったら、きっと、子どもを傷つける。

上司になったら、きっと、部下を傷つける。

 

「自分だけ我慢するなんて許せない」って気持ちが、どうにもならなくなるから。

 

我慢は、しないほうが自分のためであり、他者のためでもある。

 

みんなが傷つく。

一人が我慢していると。

自分の素直な欲求は我慢しない

もっと、自分の素直な欲求に目を向けてみよう。

なぜ、素直じゃないのか?

素直になると、どんな悪いことが起こるのか?

 

memo
自分の頭で、考えてみるのだ。

いい意味での「忍耐」なのか?

自己犠牲になってないか?

大事なことから逃げてないか?

自分の欲求に素直になっているか?

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