アドラー心理学【人生の目的と幸福】幸せって、いったい何?

アドラー心理学

どうすれば幸せになれるか? アドラーの結論は、とてもシンプル。

 

アドラー心理学は、難しすぎて実践できないよ。

 

でも、よくよく考えていくと、とてもシンプルな考え方。

実践するか否かは「勇気」のみ。

 

アドラーの結論は、次の一節につきます。

 

人間にとって最大の不幸は、自分を好きになれないことです。この現実に対して、アドラーはきわめてシンプルな回答を用意しました。すなわち、「わたしは共同体にとって有益である」「わたしは誰かの役に立っている」という思いだけが、自らに価値があることを実感させてくれるのだと。

(「嫌われる勇気」)

 

さて、人生の目的と幸せとは、いったい何なのでしょうか。

アドラーに学んでみましょう。

私たちは、何のために生きてるの?

人生の目的は、幸せになること

アドラー心理学による、幸せと不幸の定義

  • 幸せ:自分を好きになること
    • 「私は誰かの役に立っている」という思い
    • 「私には価値がある」という思い
  • 不幸:自分を好きになれないこと
    • 「私は役立たずだ」という思い
    • 「私には価値がない」という思い

 

幸・不幸へと至る手段と結果

  • 幸せ
    • 手段:自己承認
      • 自分で自分を受け入れる
      • 自分で自分を認める
      • 自分の価値は、自ら決定する
    • 結果:自立、貢献感
  • 不幸
    • 手段:承認欲求
      • 他者に受け入れてもらう
      • 他者に認めてもらう
      • 自分の価値は、他者に決めてもらう
    • 結果:依存・共依存、空虚感

 

人生の目的とは?

私たちは、幸せになるために生きているし、幸せを目指して頑張っていますよね。

では、幸せは、何でしょうか?

 

アドラーのいう幸せとは。

 

「自分を好きになること」

 

ということは。

 

「自分を好きになるために」生きている

 

つまり。

人生の目的は、「自分を好きになること」

 

「自分が好き」の中身は、「私は誰かの役に立っている」「私には価値がある」と思えることです。

 

誰もが、自分を好きになるために行動している

恋愛でも、相手から愛されることで、愛される自分を好きになりたいのです。

仕事でも、稼ぐことで、稼げる自分を好きになりたい。

趣味でも、好きなことをやっている自分を好きになりたい。

ボランティアに身を捧げている人であっても、それをしている自分を好きなのです。

 

本気で、「誰か」や「何か」を好きなわけではなく。

「それを好きでいる自分」を好きになることが、究極の目的でしょう。

 

逆に言えば。

自分を好きになれないのなら、たとえ、いい人と結婚しても、お金を稼いでも、いい生活をしても、むなしくなるだけなのです。

それくらい私たちは、「自分を好きになること」を渇望しています。

 

であるならば。

選択の基準は、明確です。

選択の基準は、自分を好きになれるかどうか

これで、迷いが減ると思います。

  • この人といて、自分を好きになれるか?
  • この仕事をして、自分を好きになれるか?
  • この場所にいて、自分を好きになれるか?
  • これを持つことで、自分を好きになれるか?

 

後悔してしまうときは、これと逆のことをやっているのです。

 

「自分を嫌いになる選択」をしていませんか?

私たちの選択ミスとは、「これでプライドを保てるか?」とか、「人からスゴいと言われるか?」というような、競争を選択基準にしてしまうところから起きるのです。

つまり、他者の目を気にして選んでいる。

 

それが「承認欲求」ってことか。

 

では、なぜ、承認欲求では幸せになれないのでしょうか。

承認欲求では幸せになれない理由

承認を得るために、嫌われない生き方を選ぶ

もう一度、幸・不幸の定義を見てみます。

  • 幸せ
    • 手段:自己承認
      • 自分で自分を受け入れる
      • 自分で自分を認める
      • 自分の価値は、自ら決定する
    • 結果:自立 、貢献感
  • 不幸
    • 手段:承認欲求
      • 他者に受け入れてもらう
      • 他者に認めてもらう
      • 自分の価値は、他者に決めてもらう
    • 結果:依存・共依存、空虚感

 

承認欲求が悪いというよりも、「他者からの承認」を幸せへの手段だと勘違いするところに、苦しみが生じるのです。

「承認されたら幸せだと思ったのに、ぜんぜん満たされない」という空虚感です。

 

順序としては、こう。

1
自己否定
  • 「自分には価値がない」と思う
  • 自分で自分を好きになれない
2
絶望感
  • 「自分には解決能力がない」と思う
  • それでも、自分の価値を感じたい欲がある
3
称賛・注目・権力欲
  • 他者からの承認で自分の価値を感じたい
  • 称賛・注目されようとする
  • 権力をもとうとする
4
依存
  • 他者からの承認がないと不安
  • 嫌われない生き方をする
  • 常に「他人の目」が気になる
5
さらなる自己否定
  • こんな自分が嫌い
  • いつも不安
  • 病気になると、復讐と無能の証明に入る

 

これでは、たしかに苦しいですよね。

私たちは、他者からの承認を得るために、「嫌われない生き方」「好かれる生き方」を選んでいるのです。

つまり、「いい人」になる。

常に「他人の顔色」をうかがい、「他人の目」を気にして、自己主張をせず、遠慮と我慢を繰り返す。

そうして私たちは、疲れ果てていくわけです。

 

アドラーは、このような嫌われない生き方を、「自己中心的なライフスタイル」だと言っています。

 

「承認される私」にしか関心を持たない、自己中心的なライフスタイル

他者はどれだけ自分に注目し、自分のことをどう評価しているのか? つまり、どれだけ自分の欲求を満たしてくれるのか? ……こうした承認欲求にとらわれている人は、他者を見ているようでいて、実際には自分のことしか見ていません。他者への関心を失い、「わたし」にしか関心がない。すなわち、自己中心的なのです。

(嫌われる勇気)

 

承認欲求が強い人の関心事とは。

  • 自分の行動を、誰かが認めてくれないと許せない
  • 自分の行動を、誰かが知っててくれないと許せない
  • 自分の行動を、誰かが感謝してくれないと許せない

 

「他人の目」を気にするのは、決して、周囲への配慮ではありません。

「自分は承認されているかどうか」に配慮しているのです。

だから、自己中心的。

 

「私を」認めてくれない人、「私に」感謝してくれない人を、絶対に「許せない」

こう考えると、「トラウマ」とは、いかに理不尽なことか、という気がしてきます。

 

もちろん、明らかに不当なことをされた場合、相手が理不尽であることは間違いありません。

ただ、「私を認めないなんて許せない」という気持ちをずっと抱えて生きるのだとしたら……。

その「私」こそ、ずいぶんと理不尽ではないでしょうか。

 

この場合、相手を許せないのではなく、本当は、「自分を好きになれないこと」が原因です。

 

自分を好きになれないからこそ、自己中心的になる

自己中心的な人は、「自分のことが好き」だから、自分ばかり見ているのではありません。実相はまったく逆で、ありのままの自分を受け入れることができず、絶え間なき不安にさらされているからこそ、自分にしか関心が向かないのです。

(幸せになる勇気)

 

よく、自己中心的な人を見て、「あの人は、自分のことが大好きなんだな」と感じることがありますよね。

 

でも。

真実は、逆。

 

自己中心的な人は、自分を好きになれない人

 

  • 自分で自分を受け入れられない
  • 自分の価値がわからない
  • いつも不安
  • だから、他者からの承認を得たい
  • だから、自己中心的になる

 

つまり。

自分で自分を好きになることができれば、承認欲求から解放される

しょっちゅう心の中に襲ってくる、「よくわからない不安感」からも解放されます。

 

なぜなら。

自分で自分を承認できれば、他者からの承認が必要なくなるから

 

正確に言うと、わざわざ求めなくても、承認されるようになっちゃいます。

求めてもいなかったからこそ、とても有り難く、感動する出来事になるんですよね。

「ほめられると、うれしい」のは、そういう感覚です。

 

そんなふうに、なれるのかな……

 

まずは、他者の目を気にして選ぶのではなく、自分の目で選んでみましょう。

 

小さな一歩から。

まとめ

私たちは、自分を好きになるために生きている

人生の目的とは

自分を好きになること

 

人生の目標

  • 行動面の目標
    • 自立すること
    • 社会と調和して暮らせること
  • 心理面の目標
    • わたしには能力がある、という意識
    • 人々はわたしの仲間である、という意識

 

アドラー心理学による、幸・不幸の定義

  • 幸せ:自分を好きになること
    • 「私は誰かの役に立っている」という思い
    • 「私には価値がある」という思い
  • 不幸:自分を好きになれないこと
    • 「私は役立たずだ」という思い
    • 「私には価値がない」という思い

 

幸・不幸へと至る手段と結果

  • 幸せ
    • 手段:自己承認
      • 自分で自分を受け入れる
      • 自分で自分を認める
      • 自分の価値は、自ら決定する
    • 結果:自立、貢献感
  • 不幸
    • 手段:承認欲求
      • 他者に受け入れてもらう
      • 他者に認めてもらう
      • 自分の価値は、他者に決めてもらう
    • 結果:依存・共依存、空虚感

 

人生は、主観でいい

「わたし」の価値を、他者に決めてもらうこと。それは依存です。一方、「わたし」の価値を、自らが決定すること。これを「自立」と呼びます。

(「幸せになる勇気」)

 

私の価値は、私が決める。

つまり、人生は「主観」でいいのです。

誰かの許可はいりません。

すべて、自分で決める。

 

自分の価値も。

自分への承認も。

自分を好きかどうかも。

自分が何をやるかも。

 

自分で決めていいし、自分で選んでいい。

すると、少しずつ承認欲求から解放され、心が自由になっていきます。

 

「自分で選択する」とはいっても、「自己責任論」のような冷たい見方ではありません。

もっと、慈愛のある目線です。

 

日本は、「自業自得」という仏教の影響なのか、「自分のせいでしょ」と、他者を批判する傾向が強いように思います。

でも仏教は、他者を批判するために説かれたものでは、ないのです。

明らかに解釈する人の間違い。

 

仏教の根幹は、慈悲の精神です。

「慈悲」とは、具体的には「抜苦与楽(ばっくよらく)」という意味です。

すなわち。

人の心から「」をき、精神的な「」をえる。

それが仏教の目的。

アドラーの目的も、同じだと思います。

 

もちろん、冷たい目で見ようが、慈愛の目で見ようが、「自分の選択」という意味と事実に、変わりはありません。

言ってることは同じでしょう。

 

ただし、決定的に違うことがある。

 

それは。

 

その選択をした自分を責めるのか、それとも、思いやりの心で見るのか、という点。

 

「責める」と「思いやる」では、立ち直りの時間に大きな差が出ることが、心理学の研究でも明らかになっています。

人間は、「思いやり」でこそ変われるのだ、と。

 

日本では、「自業自得だ」「自己責任だ」と他者を責めつつ、「ポジティブに考えなさい」と言う。

とても矛盾した社会風潮です。

これでは、ウツになる人が増えるのも当たり前。

 

もっともっと、慈悲の目線で自分に語ってあげることが求められている。

  • 人生は、自分の主観でいい
  • 自分は、「自分を好きになるために」生きている
  • 選択の基準は、「自分を好きになれるかどうか」でいい
  • 自分の価値は、自分で認めていい

 

アドラー心理学は、この精神で貫かれています。

このことを理解しておくと、すべての内容が腑に落ちてくると思います。

そして、自分の生き方も考え方も、グッと楽になる。

 

個人的には、アドラーの教えがすべてだとは思っていませんが、一つの指針として心に入れておくと、いろいろな場面で役立ちます。

ほかの思想や哲学の内容も、理解しやすくなっていきます。

 

でも、実践は難しいよ……

 

そんな自分も、好きになっていい。

頭が悪いな~と、笑い飛ばすくらいの感覚で。

 

ということで。

 

今日の問いかけ
  • 自分を嫌いになる選択を、してるのではないか?
  • 「他人の目」で決めてないかな?
  • 自分で認めたい、自分の価値は何だろう?

 

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