「嫌われる勇気」とは、他者のなかで生きていく勇気

嫌われる勇気

「嫌われる勇気」に書いてある内容は、希望が持てるというよりも、厳しいものです。

実践できている人は少ないのではないでしょうか?

 

「嫌われる勇気」は、ロング・ベストセラーですね。

ある書店に行ったら、1位になってました。

「幸せになる勇気」とあわせると、600万部を突破しているそうです。

なぜ、こんなにも人気なのでしょう?

読み終えたあと、希望を感じるよりも、実践の難しさについて考え込んでしまいました。

 

この本はアドラー心理学について述べています。

アドラー心理学は、実践できたら素晴らしい。

ただし、自分・他者と向き合わねばならないという点で、厳しい内容です。

 

「他者の束縛」から自由になることではなかった

 

初めて読んだときには、拒否感を抱いてしまったほど。

 

なんといっても、人間関係は「人生のタスク」だというんですよ!

避けちゃいけないタスク、向き合わねばならない課題ですって。

「なんじゃ、そのタスク?」って感じが、しませんか?

 

つらいなら、逃げてもいいよとは、言ってくれません(笑)

 

しかも!

向き合うべき人間関係は、「仕事・友人・愛」の3つ!

 

最近、誰かを愛せていますか?

友人を大切にしているでしょうか?

仕事は、愛する人のために頑張っていますか?

 

なぜ、わざわざ「嫌われる勇気」を奮い起こしてまで、人間関係に向き合わねばならないのでしょうか?

「タスク」といわれるほどの人間関係とは、いったい何なのか。

アドラーから、学んでみましょう。

 

そのうえで、実践するかどうかは、自分の決心しだい!

 

嫌われる勇気

 

「嫌われる勇気」のポイント

  1. 人生のタスク(人間関係)
  2. 目的論
  3. ライフスタイル
  4. 自己受容
  5. 課題の分離
  6. 他者信頼と他者貢献
  7. 共同体感覚
  8. 承認欲求ではなく貢献感→見返りを捨てる

 

「嫌われる勇気」by 岸見 一郎,古賀 史健

私たちには、向き合わねばならない「人生のタスク」がある

人生のタスクとは、人間関係のこと

人生のタスクとは

社会的な存在として生きるときに、直面せざるを得ない人間関係のこと

 

つまりは、人間関係と向き合うことを、「人生のタスク」と言っているのです。

 

「自分なんて嫌われてもいい!」ってことでは、ないのか

 

人間関係こそ、自分に課された「タスク」である

結局は、人間関係と向き合わねばならない。

これ、けっこうショックですよね。

「嫌われる勇気」と聞いて、「人間関係なんて、どうでもいい」という内容かと、勝手に思っていたので。

受け入れるまでには、時間がかかりました。

向き合わずに済む方法は、ないのだろうか? と。

でも、「ない!」と、アドラーは言ってくれます(笑)

人間関係で傷つくけれども、人間関係の中でしか幸福も感じられない

不幸の源泉は対人関係にある。逆にいうとそれは、幸福の源泉もまた対人関係にある、という話でもあります。

 

アドラーは、「すべての悩みは対人関係である」としています。

私たちは、他者がいなければ、こんなにも悩み苦しむことは、ないのですよね。

だから、人との関わり合いも避けたくなってしまう。

人間関係の悩みは、どこへ行っても、ついてまわるものです。

 

でも、逆を言えば……

「人間関係によって不幸」であるなら、幸福も「人間関係」によってこそ、もたらされる、ということでしょうか。

 

一人でいるのは、ラクだし、ストレスもないし、傷もつかないけれど。

やっぱり、つまらないし寂しい。

「本当に一人っきり」というのは無理だということを、誰もが感じるはずです。

できることなら、人間の中で幸せを感じたい。

それが、万人共通の願いなのですかね。

 

人間関係で幸福を感じたことがない人には、なかなか受け止められないことです。

ただ、「嫌われる勇気」がいまだにベストセラーなのは、皆が皆、「わかっちゃいるけどできない」と、悩んでいるからなのでしょう。

やっぱり「人間関係」だよなと、いい意味で開き直ることも、必要かもしれません。

 

ジタバタと抵抗せずに、向き合わねばならないなら、向き合う!

そう決めるしか、なさそうです。

そして、向き合うべき人間関係としては、3つだそうです。

向き合うべき3つの「人生のタスク」

3つのタスクとは

  1. 仕事
  2. 友人

 

向き合うべき「人間関係」とは、仕事・友人・愛。

この3つこそ、「人生のタスク」。

仕事・友人・愛の関係は、充実しているか?

もしも、仕事はツラい、友人もいない、恋人もいない、ということになれば……

 

三重苦

 

……でしかないですね。

 

それでも、その3つと向き合わねばならない。

「嫌われる勇気」の内容が、しんどい理由です(笑)

ちなみに私自身、仕事も友人も愛も、向き合いたくない派なので非常にツライ。

 

でもたしかに、この3つの関係で幸福を感じられれば、とても豊かな人生を送れそうですよね。

頑張って試してみなきゃなと、アドラーに学びながら、もがいております。

なぜ、仕事がイヤなの?

尊厳を傷つけられるから

仕事そのものが嫌になったのではありません。仕事を通じて他者から批判され、叱責されること、お前には能力がないのだ、この仕事に向いていないのだと無能の烙印を押されること、かけがえのない「わたし」の尊厳を傷つけられることが嫌なのです。

 

仕事が嫌いな理由

  • 他者から批判されるから
  • 叱責されるから
  • お前には能力がない、と言われるから
  • この仕事に向いてないと、無能の烙印を押されるから
  • かけがえのない「わたし」の尊厳を傷つけられるから

 

実は、仕事が嫌いなわけではない?

会社を辞める理由のほとんどが、人間関係の悩みだといいますよね。

仕事がイヤなのではなく、人との関係で苦しむわけです。

なぜなら、「わたしの尊厳を傷つける人がいるから」

 

ただし!

たとえ尊厳を傷つけられて嫌な思いをしても、やはり逃げてはいけないと言われています。

尊厳を傷つけられても、逃げてはいけない

逃げてはならない、ということです。どれほど困難に思える関係であっても、向き合うことを回避し、先延ばしにしてはいけません。たとえ最終的にハサミで断ち切ることになったとしても、まずは向かい合う。いちばんいけないのは、「このまま」の状態で立ち止まることです。

 

逃げてはならない。

困難な関係でも、向かい合う。

尊厳を傷つけられたとしても……。

 

自分の尊厳が傷つけられても逃げちゃいけないなんて、イヤだ

 

難しいですよね。

人間関係は幸せを与えてくれるけれども、やはり傷つくことも多いもの。

そして、人間関係が苦しいからこそ、仕事もイヤになる。

 

「仕事がイヤなのではない」という意見には、納得です。

誰だって、働けるものなら、働きたいのではないでしょうか。

ただ、必ずついてくる他者との葛藤が、頭を悩ますのです。

何かのために働くことこそ、「愛」の本質である

エーリッヒ・フロムは、次のように言っています。

 

愛の本質は、何かのために『働く』こと、『何かを育てる』ことにある。愛と労働とは分かちがたいものである

 

愛の本質
  • 何かのために「働く」こと
  • 何かを「育てる」こと
  • 愛と労働とは、切り離せない

 

友人や恋人との関係は、もちろん「愛」ですが。

仕事もやはり、「愛」。

 

たしかに。

「愛」がなければ、働けないですね。

自分が売っている商品を愛し、お客様を愛し、そして愛する家族のために働く。

 

つまり、人生の3つのタスクの基本は、「愛」なのです。

さて、どれだけ愛せているでしょうか?

愛とは何か?

人生のタスク = 愛

人生のタスクと向き合うとは、「愛」と向き合うことだといえます。

愛がなければ、恋人はもちろんですが、仕事も友人関係も、うまくいかない。

人間関係と向き合えないのならば……

愛がないのかもしれませんね!

「愛」は、「驚き」から始まる

  • 哲学は、驚きから始まる
  • 恋愛も、驚きから始まる

 

哲学は、「驚き」から始まると言われます。

 

「なぜ、こうなのか?」

「あ、そういうことか!」

 

発見・驚き・感動があるのが、哲学の面白いところ。

そして、恋愛も「驚き」なのだそうです。

自分とは違う考え方・感じ方を知ることが、人生を豊かにする

人間関係と向き合うと、必ず「驚き」がありますよね。

 

・そんなふうに、思うんだ?

・そんなふうに、感じるんだ?

 

自分とは、まったく違う見方・考え方に、発見と驚き、ときには感動がある。

だからこそ、人間関係は、自分を豊かに、幸せにしてくれるもの。

「驚き」ではなく、「許せない」と思うから苦しい

純粋に「驚き」と「感動」を感じられれば、たしかに幸せなのですが。

どうしても葛藤してしまうわけです。

 

・そんな言い方しなくても、いいのに。

・そんな考え方、おかしい。

・私のほうが、正しい。

・なぜ、わかってくれないの!

 

これは、「驚き」ではなく、「排除」「叱責」「軽蔑」です。

相手を許せなくなるのです。

 

「恋愛は驚きから始まる」ということは……

排除・叱責・軽蔑の心で接している限り、人生の3つのタスクは成就しない

 

愛とは、純粋なる驚きをもって相手と接することだ

誰かを愛し始めると、与えられるようになる

不適切なライフスタイルが、自分を苦しめる

「ライフスタイル」の話で触れますが、私たちが悩み・苦しむのは、不適切なライフスタイルをもっているからです。

不適切なライフスタイルとは、「自己中心的な物事の見方」です。

 

世の中は、「私」を中心に動いているもの

他者は、「私」の期待を満たすべき人

 

「私」だけを考えると、結局は、「私」が苦しむことになります。

誰かを愛すると、「私」から「私たち」に変わる

誰もが最初は、「私」の世界で生きています。

しかし、愛する人ができたときに、「私たち」になる。

愛を知って初めて、相手に何を与えようかと考えるようになるわけです。

 

もちろん、恋愛だけが「愛」ではありません。

異性ではなくても、友人や家族に対する「愛」も同じこと。

 

ともかく、「愛する人」がいてこそ、人は、次のような感情が芽生えるようです。

  • 生きる価値を感じる
  • ただし、「私」だけが生きていても意味がない
  • 「私たち」の幸福を達成したい

 

これこそ、適切なライフスタイル。

 

周囲を、「私」のために動かすのではなく。

「私」は周囲に生かされていると感じる。

だから、「自立」を目指すとは言っても、一人だけでの「自立」はありえない。

「愛する人がいるからこそ、自立ができる」という関係性だそう。

そのような愛を育むことができたら、たしかに幸せであることは間違いないですね。

「劣等感」と「優越性」は、愛ではない

劣等感を抱くでもなく、優越性を誇示する必要にも駆られず、平穏な、きわめて自然な状態でいられる。ほんとうの愛とは、そういうことです。

(「愛とためらいの哲学」岸見一郎著)

 

たとえば。

愛する人といるとき、なぜか自分が「みじめ」に思えてしまったり。

なぜか「相手に勝とう」としてしまったり、ということはないですか?

 

それは、劣等感と優越性。

愛ではないのです!

 

相手に対する「愛情」を失ってしまっているかもしれません。

 

愛を取り戻すためには……

「私の」負けや、「私の」勝ちを考えるのではなく、「私たちの」幸せを考える。

 

それが、「愛」と向き合うということではないでしょうか。

 

じゃあ劣等感とは、どう向き合えばいいの?

健全な劣等感とは、他者との比較のなかで生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるものです。

 

劣等感や優越性は、相手との関係に向けない!

そのかわり、昨日の自分と今日の自分を比較する

 

これは、「思考のクセ」なので、左利きの人が、右利きになるために練習するように、日々の心がけで、変わっていくかもしれませんね。

私も、毎日、トレーニングしてみようと思います。

見返りを期待せず、愛し、信じる

たとえ相手が自分の希望通りに動いてくれなかったとしてもなお、信じることができるか。愛することができるか。アドラーの語る「愛のタスク」には、そこまでの問いかけが含まれています。

(「愛とためらいの哲学」岸見一郎著)

 

期待に応えてくれない。

感謝してくれない。

自分の思ったように動いてくれない。

 

そこに不満を抱くようでは、やはり愛ではないというのです。

どこまでも、愛する。信じる。

それだけ。

 

さてさて、「愛のタスク」、いかがでしょう?

取り組めそうですか?

 

傷つくのが怖いと、やはり、愛にも踏み込めなくなりますよね。

 

ただ……

 

「傷つく」のは、決してトラウマではなく、あくまでも自分の目的が先にあるのだそうです。

アドラー心理学は、どこまでいっても「目的論」。

それが、次の話

 

続きはコチラ。

  1. 人生のタスク(人間関係)
  2. 目的論
  3. ライフスタイル
  4. 自己受容
  5. 課題の分離
  6. 他者信頼と他者貢献
  7. 共同体感覚
  8. 承認欲求ではなく貢献感→見返りを捨てる

まとめ

自分は、相手に何を与えられるか

自分の足で立ち、自分の足で対人関係のタスクに踏み出さなければならない。「この人はわたしになにを与えてくれるのか?」ではなく、「わたしはこの人になにを与えられるか?」 を考えなければならない。それが共同体へのコミットです。

 

人間関係では、「何を与えられるか」が、自分へのコミット。

はたして、与えられているのでしょうか。

私自身は、まだわかりません。

トライ&エラーが必要なところです。

 

嫌われる勇気

 

「嫌われる勇気」というタイトルは、「嫌われることも覚悟しないと、人生のタスクと向き合えないから」という意味です。

 

決して、「どうせ嫌われてもいい」という投げやりな姿勢のことでは、なかったです。

さて、勇気を出して、嫌われることも想定内に入れつつ、人間関係に踏み込めるのか?

 

「嫌われる勇気」の続編は、「幸せになる勇気」。

そこには、やはり「アドラー心理学」は厳しいと書いてありました。

やはり、簡単なことではないですね。

幸せになる勇気「幸せになる勇気」~なぜアドラー心理学は難しいのか?

書籍情報はコチラ

 
仕事と向き合うなら、コチラの記事もどうぞ。

ということで。

 

memo

「嫌われる勇気」とは、仕事・友人・愛という、人生のタスク(人間関係)と向き合う勇気。

本当は、向き合いたいのではない?

勇気がないだけじゃない?

 

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