コミュニケーションは「ごめんね」と「ありがとう」から【相手の不安を見る】

コミュニケーション

最近、とても頭のいい友人に、理論で論破される感じがあって。

なんだか我慢してた。

 

たしかに、相手の言ってることは正しい。

ぐうのネも出ない。

すごく納得できるよ。

 

でも違うの、ただ、「ごめんね」って言われるだけで嬉しいんだけど。

私の言い方も、責めてるように聞こえるんだと思うけど。

責めてないよ~って言っても、どうしても理論で返ってくる。

 

そして、気づいた。

 

正解を出す人は、自分を守るために、出すんだ。

相手(私)のためじゃない。

 

不安で寂しいから、「こうだから、こうでしょ」と、理論武装する。

武装してる時点で、まるで敵のようだから、こちらとしても、寂しくなるし近づけなくなるんだな。

 

理論よりも「寂しさ」「不安」を見ないと、話が進まない。

 

そう思ってたときに、母から、兄のことで相談されて。

話してたら、母の気持ちがポンッと理解できた。

 

「あぁー、お母さんは、○○だと思ってるんだよね?」と言ったら。

 

「そうなの…………!!

お兄ちゃんの言ってることが正しいのは、わかってるから、何も言えなくなっちゃって。

でも、気持ちを話せないと、たとえ正しい選択であっても、なんか気分が晴れないのよね。

この気持ちを話せて良かった。

ホッとできた」

 

そうなんだ、ほしいのは、正解じゃない。

エビデンスとか、論理とか、理由とか。

説明するときには、たしかに必要なんだけど。

そこを押しすぎると、病みが増えていく。

 

ほしいのは、「ごめんね」と「ありがとう」で。

そしたら、正解なんて示されなくても、自ら、芽を出せるから。

 

問題のタネは、常に、土の中。

大地の上は草木であって、タネでは、ない。

 

大事なものは目に見えないってことに、気づいたら、すれ違ってた母親とも、わりとスムーズに、会話できるようになった。

過去と今は違うから、切り離そう、と。

 

過去を切り離して、今を見る。

表面の言葉ではなく、その奥にある「不安」を見る。

そして、コミュニケーションは「ごめんね」と「ありがとう」から。

これが一番。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です