批判する人は一部しか見ていないから気にするな|六人の盲人と象

6人の盲人と象

一部だけを見て笑い合うのは、盲人だからなんだ。

「六人の盲人と象」の話(寓話)

六人の盲人が象を触って、その正体を言う。


1.象の “鼻” に触った盲人
「象とはヘビのようなものだ」

 

2.象の “耳” に触った盲人
「象とはうちわのようなものだ」

 

3.象の “足” に触った盲人
「象とは木の幹のようなものだ」

 

4.象の “胴体” に触った盲人
「象とは壁のようなものだ」

 

5.象の “しっぽ” に触った盲人
「象とはロープのようなものだ」

 

6.象の “牙” に触った盲人
「象とはヤリのようなものだ」

 

六人の盲人は言い争い、
自分の意見を譲らなかった。(寓話より)

一部だけを見て、全体だと錯覚することの愚かさ

視野を広げ、多面的に物事をとらえようとは言うけれど。

 

実際は、なかなか難しい。

 

一部だけを見て、全体だと錯覚する。

 

「木を見て森を見ず」という状態からは、簡単には抜け出せないんだ。

 

だから、盲人なのだ。

一部だけを見れば、全員が正しい

ただし、一部を見れば、六人全員が正しい。

 

誰も間違ってない。

 

聞いてみれば、新たな視点が生まれる。

一部しか見えてないってことを自覚しよう

一部しか見えてないってことを自覚できないと、言い争いが続いてしまう。

 

自分が見ているのは、一部だけ。

 

他人は、違う一部を見ている。

 

そこを自覚しなきゃいけない。

全体を見てくれる人に近づくほうがいい

どうせエネルギーを使うなら、全体を見ようとしてくれる人に、近づいたほうがいい。

 

アドバイスを求めたいなら、なおさらだ。

 

全体観のある人、俯瞰して見てくれる人は、やはり的確。

 

全体観は、教えてもらいつつ養うと、早いだろうと思う。

見られている自分も一部だけ

自分に対する意見も、一部だけを見れば、たしかに正しい。

 

だから、その意見からも学ばなきゃね。

 

自分が見ているものは、一部だけ。

 

見られている自分も、一部だけ。

 

自分自身も盲人なのだと自覚しておこう。

 

そのうえで、全体観を磨こう。

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